プロジェクト管理の実践書 「トラブル・プロジェクトの予防と是正」



本書は株式会社プロジェクトマネジメント・コンサルティング代表取締役社長の瀬尾恵氏が、鹿島出版会から今月発刊した書です。http://www.kajima-publishing.co.jp

知人で本を出版する人が多くあり、しばしば拝読するのですが、正直に言うと、他人様に推薦したくなるような本は滅多にありません。特にプロジェクト管理(以下PM)ものは、PMBOKなどお作法を表面的に説明したり、著者の個人的経験を物語風に説明したりすることが多く、コンセプトを学ぶにもリファレンスするにも、物足りないことが多いのです。

筆者は、昔、IBM時代に、本書の著者である瀬尾氏の部下だったこともあり、今でも時々、世間話をするのですが、執筆しているとは全く知りませんでした。トラブル・プロジェクトの予防と是正がテーマだと聞いて、「IBM時代に数多く見聞きしたトラブル案件を、紹介しているのだろう。」と思って、機会があれば読んでみようとくらいに考えていました。そんな矢先、ある金融機関からトラブル・プロジェクトへの対処方法の相談を受けました。事情を聞いてからの回答は「リセット」または「中止」のほかなしです。数回に渡って、予算の増額と稼働延期を繰り返し、現在の案は、増額・延期に加えて、増員だと言うのです。トラブル原因も複雑怪奇そのものです。ここまでこじれた糸は、人手をかけてもほぐせません。きっかけは、ユーザー側の仕様定義に始まるのでしょうが、その後のベンダー対応も拙く(お客様の言う事は天の声、宝の泉)で、手戻り可能な範囲すら見えません。駄目出ししたものの、何か方法が見つかるかと思って、急いで本書で確認してみました。当然ですが、こうすれば大丈夫という解はありません。しかし、中止する前に確認すべき事項が幾つも得られました。そうです。本書はトラブルを防止する策、トラブルから脱出する策を、チェックリスト的に提示してくれます。参照すべきメソドロジーであるPMBOKやPMISなどに関して、概要を説明してはいますが、詳細は関連サイトや参考図書を見ろと言います。どこにも書いてあることを繰り返しても紙面と時間の無駄ですから、大変効率的です。むしろ、これらメソドロジーをいかに使うかのメタ・メソドロジーを教えてくれます。また、計画段階から稼働判定まで、トラブルの原因となる要素と防止方法、注意事項を説明しています。極めて実践的なリファレンス・ブックです。親しい経営者には、経営にも使えるとして推薦しています。「これ読んで、プロのPM気取りにならないように。お宅のCIOに迷惑がかかりますから。」との但し付きですが。読んだ方からは、PMというのは総合技術だと良く理解できたし、経営にも、このまま使えるとの感想を貰っています。

筆者は29年のIBM勤続時代に開発プロジェクトを管理した経験がありません。しかし、営業企画を担当していた約10年の間に、数多くの失敗プロジェクトを見てきました。IBMでは、提案書を顧客に出す前に関連部門の承認が必要です。(大半のIT企業でこうした仕組みがないことを知った時は驚きました。)開発作業が始まれば、頻繁に進捗レビューが行われます。支障が出て経費増、要員増、体制再構築を要請する際は、改めて関連部門の承認が必要です。こうした経緯は全て、プロジェクト・ヒストリーとして記録され、様々な角度から分析されて再発防止やベンチマークとして活用されていました。(現在は知りません。)筆者は、承認案件審査会議のアレンジを担当していたので、プロジェクト成功可能性のおおよそは予想できますし、トラブル案件の収束方法も数多く見てきました。いつも思うことは「シナリオ、ディレクター、監督、役者、観客が揃ってこそ、成功する。」ということです。時々、大いなる勘違いをしている経営者と会います。「最近のベンダーはだらしない。どこにやらしても、旨くいかない。」と言うのです。私は、「役者を変えても駄目なのは、監督(ユーザーのPM)、ディレクター(ユーザーの経営陣)かシナリオ(システム構成)ですよね。どれもお宅の問題です。そういうのを下手なパチンコと言います。下手はいくら台を変えても出ません。」

本書の著者は、生涯1SEを標榜したIBMの金融SE第一人者です。金融SEの責任者として数多くの案件に関与してきました。実践を通して理論にも精通しています。PM理論に強い人、自分の成功体験を他人に強制する人は数多くいますが、著者のように実経験、理論、数多くの案件のレビューを通じて、技術的、集団心理的、財務的、政治的にPMの壺を理解して、かつ、自分の成功体験に固執せず客観的にPM論を語れる人は滅多にいません。現役PMの皆さんには、是非とも身近に置いて、自分のプロジェクトを省みるチェック用に活用頂きたいと思います。

ここ数年、金融業界では挫折する大規模新規開発案件が続いています。PMが難しくなっている事情は理解しているつもりですが、それにしても結果から見る限り、余りに稚拙なPMが目につきます。そこでコンサル会社はPMOサービスに注力します。ところが、PMOメンバーは、PM経験どころか開発経験もなく、単なる書記係となっているケースが多いのです。紙の山を作ります。誰も見ません。30億円かけたPMOが全く機能しなかった事例すらあります。それにしては、PMOに提出する資料作成に大変な労力が必要です。その内に、PMO監視するコンサルが流行るでしょう。公益法人や大手各ベンダーが、グローバル標準を使って、独自のPM手法を開発しています。メディアは、その先進性と効果を宣伝します。しかし、マルチベンダー・プロジェクトの場合、異なる管理手法を一元化する為に、また、PMOコンサルを使います。すると、各ベンダーは自社内用と顧客向け用(実はPMOコンサル用)に管理手法を二本立てで管理しなくてはなりません。このコストとPM手法の不整合リスクは結局、ユーザー企業負担となります。こうした悪循環を抜け出すには、ユーザー企業側にPMガバナンスを取り戻すほかありません。本書は、その良い指導書となることでしょう。

PMを目指す皆さん、PM資格をとって昇給を狙うのも良いことですが、PMは総合芸術であり、総合技術であり、総合的な人格が求められる職種です。お作法だけでは良いPMになれません。良い先輩から盗むことが必要です。本書を利用して、先輩PMからとことん盗んで下さい。「今時、PMを必要とするような案件などない。」という声が聞こえる気がしますが、「社内にPMを任せられる人材がいない。」と嘆く企業が多いことも事実です。