全銀システムをフィンテック業者に開放の方針


日経新聞の令和2年8月6日付記事です。全銀協は全銀ネットをフィンテック業者に開放することを検討中で年度内に結論、早ければ21年度にも接続を開始するという内容です。決済事業者などが、顧客や自社の預金口座を使って決済する場合、その銀行が異銀行であれば必ず全銀ネット経由となるので、銀行間手数料162円などを乗せた手数料を支払う必要がある。しかし、直接、全銀ネットに接続できれば、手数料負担を抑えることができるとします。

全銀ネットを開放することには筆者も賛成ですが、果たして日経記事や他のメディアが書くように、それほど大きなメリットがあるかは疑問です。そもそも、フィンテック事業者とは誰のことか?全銀協が調査したところ、全銀ネットに直接接続したいとするノンバンクはそれなりの数があったようです。ですが、ノンバンクが直接接続する為に、どんな準備が必要でそのコストと接続後の運用費用がどれほどか知った上で回答したとは思えない。そもそも、こうした情報は公開されていません。

全銀ネットに直接接続するということは、日銀に当座預金口座(日銀当預)を開設して、一定額の保証金を滞留させる必要があります。(理由は、n対mの精算関係を1対nにする為に、日銀が胴元の役割を担っているからです。何も中央銀行でなくとも、信頼できる胴元であれば良いのですが。)その保証金額は、口座所有企業の資本金額や送受信の差額(ネット)によって決まります。現在の全銀はほぼリアルタイム処理ですので、その金額は時々刻々と変化します。つまり、参加者はリアルタイムで送金額と受領額を把握、予測して、証拠金としての当預残高を調整しなくてはなりません。

決済システムは、送信者アカウント、金額、受信者アカウントがあれば基本機能を満たします。全銀システムでは誤送金、システミック・リスクやコンプラ・リスクなどを除去する為に様々な対策が施されます。ノンバンクであろうが、銀行と同様の手当てが必要になる筈です。例外的にでも緩めれば、そこから全銀ネットが一挙に脆弱化してしまいます。これは社会インフラを毀損することを意味します。APIを開示してもらえば、その開発をするだけなどと考えると飛んでもないことです。

新設銀行などが、全銀ネット接続システムを構築するには、最低でも1年以上、通常は2年以上と数億円のコストが必要です。ある新銀行が、そんな時間もコストも勿体ないと、長い間、自社の向かいにあるメガバンク支店のATMから事務員が送金処理していました。凄い割り切りだと感心したものです。流石に取引件数が増えて、直接接続したのですが、それからは全銀ネット関連コストと手間に悩まされていました。一定規模以上なければ直接接続など避けるべきでしょう。信金や信金は、業界単位で決済ネットワークがあり、他業態取引だけを業界共同決済システムと全銀ネットを通してします。

また、全銀ネット接続システムを開発できる技術者がいるベンダーは何社もありません。できるベンダーは、当然ながら高価格で高品質を提案します。フィンテック事業モデルとは真逆でして、アジャイル開発などとんでもない世界です。ガチガチで秘密の固まりです。

そもそも、日銀がノンバンクに当座預金口座の開設を受入れるかと疑問視する声もある。7月発表の2020年度近未来投資戦略では、決済関連で大きく三点が目玉になっています。銀行間手数料の引き下げ(見直しではなく)、小口決済用の新たな決済システム(仮称、全銀LITE)の構築、全銀ネットへのキャッシュレス事業者などの参加です。その検討と方針決定作業には、当然ながら金融庁や日銀も参加しています。つまり日銀は一定の条件でノンバンクに口座を提供する覚悟ができているということです。メディアが書くように、誰も彼でも希望者が日銀に預金口座開設できる仕組みにはなっていません。全銀ネットもそうです。ましてや小口決済のフィンテック企業が、利用するような想定は全くしていません。こうした電代業者(PSP:Payment Service Provider)は全銀LITEを使うことになります。全銀LITEがどんな要件でいつ頃できるかは、全くこれからの話ですが。

とすると、どんなノンバンクが全銀ネットに参加したいと思うのか?自社の顧客がどこか銀行の預金口座に送金する場合が典型的なシーンでしょう。公取のキャッシュレス決済実態調査では、預金口座からのチャージにニーズがあると書かれています。しかし、1万円や2万円のチャージに全銀経由で高コストのチャージが普及するとは到底考えられない。仮に銀行間手数料がゼロになっても見合わない。車や家の代金支払いなど数百万とか数千万なら、送金コストは割に合うでしょう。しかし、今の銀行振込の手数料は3万円以上(上限は原則ありません。)では税込で880円とか660円です。PSPは一般的に送金額の0.5〜1.0%ですから、圧倒的に銀行経由で全銀ネットを使った方が安い。

決済手数料というと、メディアはキャッシュレス精算の数百円とか数千円の送金を前提に記事を書き、決済手数料が高すぎるという先入観を作り上げてしまった。利用シーン毎に話を整理して記事を書く記者がいない。メディア報道をそのままでは信用しないという人が、日本では人口の3割強いるというのですが、彼等は意見を言わない。先入観が制度を変える際に、専門家が一生懸命に弊害除去策を取り込む。そして中途半端な仕様となる。これの繰り返しを続けてきて、これからもそうなるのでしょう。

結論からすると決済関連事業者で全銀ネットに参加してメリットがあるのは、ブランド・クレジットカードや大手の信販、リース業者などくらいでしょうか?金額的なシェアが大きいので日銀にとって、経済動向を掴むデータ価値があるでしょう。当預口座数の新規開設数も抑えられる。筆者は、昔から、証券会社や保険会社などを全銀に参加させるべきだと唱えてきました。

全銀LITEが具体化しようとする時に3メガとりそな2行が共同で小口決済の専用インフラを構築しようと検討中であることを発表しました。その意図は知りません。全銀協ベースでの小口決済システム新設は、期待できないということなのか。新設しても、顧客ニーズに見合ったシステムにはならないと見通しているのか。それとも、業界として本気で全銀LITEを急がないと、我々だけで走るぞという警告なのか?はたまた、小口決済インフラでは競争環境が必要だということなのか。かつて、何をするにも業界全体で動かないと不安だと言っていた金融界が、やる気があり、できる力のある所だけでもという時代になったようです。自分で考え、動かない金融機関は、置き去りにされるということか。

 

                             (令和2年8月17日 島田 直貴)