日銀、デジタル通貨へ備え(CBDC担当チームを設置)



令和2年8月1日付日経新聞の記事です。日銀が中銀デジタル通貨(CBDC)の検討を主導する新組織と人事配置をし、本格的な検討を始めたと書いています。決済機構局決済システム課にデジタル通貨グループ(決済システムのデジタル化および中央銀行デジタル通貨に関する事項を担当し、総勢10名前後)を新設し、そのリーダーから局長、担当理事のラインを政策立案の経験豊富な人材で固めたとそうです。

7月17日に政府は国家成長戦略である未来投資戦略2020年度骨太方針を閣議決定しましたが、その中で小口決済の改革と「CBDCの技術的検証を狙いとした実証実験を行なうなど、各国と連携しつつ検討を行なう。」と明記しました。こうした方針は内閣が勝手に決める訳ではなく、関連諸官庁部局による事前調整の上で決定されます。日銀は、ECBやBISなどとCBDCの共同研究を行なってきましたが、海外中銀が相当なスピードと本気感で検討をしており、米国FRBもそれまでの消極的姿勢から転じたことから、検討を急ぐことにしたのでしょう。現時点でCBDCを発行する計画はないと、必ず注釈を付けながらも、2月頃から積極的に調査研究結果を公表しています。

旧称仮想通貨のブームの頃に、ビットコインなどが現金通貨を置き換えるという論調が流行りました。筆者はシンポジウムやセミナーなどで、「仮想通貨に現金通貨を越える機能はないし、国民の受容性もない。やがて中銀がデジタル通貨を発行することになり、そうすれば代替通貨や電子マネーなどの存在価値が蒸発するだろう。」と主張しました。意外だったのは日銀出身者や有識者とされる著名人が、仮想通貨を支援する論陣を張ったので、彼等の意図に強い違和感を抱いたものです。結局は仮想通貨が投機の色合いを強め、そのブームが破綻したことで、こうした論調は一斉に消えました。同調した有識者やメディア記者達の多くも発信力を失いました。しかし、キャッシュレス化の流れの中で、CBDCが決済システムに与える影響は極めて大きく、これをどう考えるべきかという懸念が残りました。

流石に日銀は、デジタル通貨と決済システムの整合が重要であることを認識しており、こうした観点からも、調査研究を進めてきました。一般にマネーは現金通貨と預金通貨があり、現金通貨は決済に、預金通貨は銀行を通じた信用創造に使われると考えられてきました。しかし、最近では預金通貨の決済機能が飛躍的に拡充し、それが預金マネーの二重性と呼ばれるようになっています。また、マネーは価値の尺度、価値の保存、価値の譲渡(決済)の手段だとされます。筆者もそれを付与不変の定義だと考えてきました。

ところが、最近の日銀は、マネーを譲渡可能な債権であり、そのプラットフォームとして信用システム、情報処理システムがあるとします。そしてCBDCは、中央銀行の負債をデジタルに表現したものと言います。マネーの定義が拡がったのです。目から鱗でありました。更に決済システムとの関係で見ると、民間が個々のビジネス動機から発行するマネーは、必ずマネー間のインタフェースを必要として、縦と横に壁が発生して、不合理、非効率をもたらすとします。そこにCBDCが不可欠となる理由がある。逆に言えば、CBDCには、ユニバーサルアクセスが大前提であり、その時に単なる従来的な通貨関連データだけでなく、デジタル情報のビークルとしての役割が期待できることになります。決済データをやたらと掻き集めて、そこから何か宝物を探すという発想ではなく、決済データのビークルが付加価値データのビークルにもなる。それがデジタル経済のインフラだとも言えるのでしょう。この違いは極めて大きい。未来の決済システムや金融サービスに与える影響も大きい。今のように、紙や金属の通貨を電子化して労働コストや決済時の手間を省こうなどという話は飛んでしまいます。

7月2日に日銀が公開した決済システムレポート別冊「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つ為の技術的課題」も良く整理されたレポートです。検討を進めるべき論点として発行形態(口座型かトークン型か)、処理形態(中央集権型か分散管理型か)、ユニバーサルアクセス(端末など)、プライバシー保護の考え方、ユーザーIDの考え方、台帳の管理場所(リモートかローカルか),災害時等のレジリエンス(オフライン決済機能や偽造対策等)、デジタル通貨発行主体(中銀か民間か等)、セキュリティ、AML/CFTなどを列挙しています。これらへの対策は、利用動機や利用シーン、プラットフォームとしての決済システムの機能等々、とても整理しがたい複雑多様な前提条件が存在します。筆者には、こうした複雑な整理作業はとても耐えられませんが、日銀マンであれば可能でしょう。

いずれにせよ、CBDC発行に至ったとして、今の現金通貨との併用が長期になります。先進国ほど、その期間が長くなるでしょう。ですから、最初から無理して全ての論点に解決策を用意しなくとも良いのではないか。一定の前提条件の下で使えるCBDCでも構わない。使いながら、徐々に利用シーンを広げる(問題の発見確認と解決の体制を確立しておけば、対象分野拡大のスピードを上げられる筈です。)その意味でも、まず実証実験を行なうことは良いことです。日銀や国だけでなく、様々な企業や個人も参画して、新たなマネー・インフラを構築するのは、オリンピック開催より楽しい国民的テーマになるかも知れません。

 

                                (令和2年8月4日 島田 直貴)