スマホ金融再編 (みずほとソフトバンクが提携)

日経新聞令和2年6月19日夕刊と20日朝刊の記事です。みずほFGとソフトバンクが、スマホ金融での包括提携を発表しました。まずは、Paypayにみずほ銀の個人ローンを搭載する。みずほ証券がSB証券子会社ワンタップバイの出資比率を引き上げて持分適用会社にするなどが柱です。みずほFG幹部の「ネット領域に単独で乗り込んでも勝目は薄い。」という台詞を紹介して、金融業務だけでは顧客確保が難しいとします。ネット大手と組むとすれば、みずほにとって長年の親密先であるSB以外には考えられないというか、他にないということでしょう。ちなみにPaypayローンサービスでは、Paypayのデータは使わないそうです。プライバシー保護のリスクを考えたようです。SBが主導権をもっているとも覗えます。

MUFGはKDDI、SMFGはSBIと組んでいます。こうして大手ネット企業とメガバンクの縄張りが固定化するのか。各社ともの提携は排他的ではないと言いますが、日本ではそうそう都合よく良い所取りできる提携などありません。浮沈の激しいネット・ビジネスでどこが継続的な勝ち組になるかなど、誰にもわかりません。わが国のネット事業関連の提携戦略は、企業としての縁故と利用者数で決まっているように感じます。提携は発表するだけでは何の意味もありません。互いの独自性や強みを出し合って、新たな価値を生み出さなくては、単なる時間とコストの浪費となります。日本のメディアは、提携の発表は大きく報道しますが、その後の進捗を客観的にフォローしません。読者は何日もせずに、提携発表のことなど忘れてしまいます。

この日経記事でも、金融とネット企業の提携に関して具体策や全体像が見えないと指摘しています。当事者としては、走りながら考えるということなのでしょうが。また、ネット企業からすると、提携目的は幅広いサービスを揃えることでより多くのデータを集めることにあるとします。集めれば自動的に素晴らしい価値が生まれる訳ではないのですが、とにかく今はデータが石油に化けるとの前提があります。とすれば、個人の金融資産1800兆円の市場で5%以下のシェアしか持たないメガバンクの一つだけとの提携では、リテール・ネットビジネスで国内ドミナントになることはできません。

ですから、ネット企業としては、エクスクルーシブとしないことで、更なる提携拡大を図り、金融機関にはそれぞれに独自性あるサービスを求めることになります。使われない金融サービスは邪魔にならない限り、ページの片隅においておけば良い。日経記事では、SBグループを巡ってみずほFGとSMFGが提携を結ぶことを「協力関係がねじれる。」と書いていますが、これがネット・ビジネスの常態です。

むしろ、これらの提携関係が、全て国内ビジネスに限定していることが残念です。米欧だけでなくアジアの企業は、当初からグローバル展開を視野に入れているのに、GDP総額こそ世3位ですが、一人当たりGDPや労働生産性などOECD平均以下の日本市場に満足している。というよりは、グローバル展開して逆攻勢をかけられることを恐れているのか?コロナ危機でグローバル化が止まるとでも思っているのか?仮にそうなったとしても米国との密な関係が深まることは確かですから、GAFAなどに本気で参入されたらどうするのか?それを避けるには国内市場を魅力のないものにすれば良いとでも考えているのか?

3蜜を避ける自粛生活で人々が一番困ったのが、外部や知人との接触でした。企業がテレワークのツールとしてWeb会議システムを導入しました。重装備のWeb会議システムが使い憎いこともあり、Zoomのような簡便型システムも採用しました。3、4月でZoomは世界で5億件以上もダウンロードされたそうです。在宅でZoomを使っていると、家族が自分も使いたいと言い出し、親戚や友人とZoomで会話するようになりました。小さな孫が朝夕、祖父母にZoomやLINEのTV電話をかける。高齢者はそれで一日を元気に過ごせる。

高齢者取引というと、終活支援や相続・贈与と介護くらしか思い浮かばない金融機関と違って、デジタルネイティブ世代は、使えるツールで真に喜ばれるサービスを生み出す。この使えるツールと喜ばれるサービスの2点がネット・サービスの成功要因です。喜ばれもせず、どこでも同じサービスを、多くの利用者がいるからと身近なネット企業の対顧客チャネルに乗せてもらおうとする。これでは国内市場やグローバル市場で主導権を握ることはできません。

デジタル化戦略でお手伝いする銀行に、顧客に喜ばれるネット・サービス企画の方法として、これまでは高齢者や育児ママのグループに考えてもらいましょうと提言してきましたが、これからは、5歳から18歳の若い人達のグループを追加することにします。

 

                             (令和2年6月23日 島田 直貴)