グーグルが量子コンピューターで超計算に成功

日経新聞、令和元年10月24日付夕刊の記事です。グーグルが開発を進めている量子コンピューターで量子超越を達成したと、ネイチャーで発表しました。量子超越(Quantum Supremacy)とは、スパコンなど現存の計算機では実用的でないほど長時間かかる計算を、量子コンピューターが圧倒的な速さで実行できることです。高速であることを示せる計算であれば、問題設定は何でもよく、スパコンが不得意な計算処理であっても構いません。それを量子コンピューターが現実的な時間で計算可能であることを示せば良いということです。

グーグルの発表では、スパコンで1万年かかる計算を、200秒で解いたとします。これに対して、量子コンピュータ−開発で競うIBMが、グーグルの性能比較の方法に異論を唱え、テンソル集約などのコード最適化手法を使ったスパコンであれば1万年ではなく、2日半で解けるから量子超越とは言えないと主張しているそうです。我々には、1万年か2日半かの差はどうでも良く、量子コンピューターの実用化が近づいたということで、グーグルもIBMも頑張れということです。

このニュースは、Financial Timesが9月21日付で既に報道しています。海外では金融界からの期待も大きいのでしょう。日本では、昨年、日経BP社がわが国経営者に対して行なった、期待する新技術は何かとのアンケートで、2030年に期待する技術第4位に量子コンピューターが上げられています。1位は再生医療、2位は自動運転、3位が機械学習でした。グーグルの成果は、量子コンピューターの実用化が早まるということでしょうか?そうなら面白いのですが。

日経新聞は翌25日のトップに「スパコンの15億倍の処理速度で国の覇権も左右する」などと、あたかも独裁国家の機関新聞のような見出しの記事を載せていました。ただ、実用化は5年後とか10年とか20年といった研究者達のコメントを並べていましたが。20数年前、筆者が勤務していたIT企業に通産省から新技術実用化時期を予想するアンケート調査がきました。筆者が記入を指示されたのですが、量子コンピューターをわからないままに10年後と記入しました。後日、集計結果が届きまして、圧倒的に10年後が多かったのです。翌年、ほぼ同じ調査があり、そこでも10年後と答えました。他社も同様でした。なんだ、毎年10年後かと思った記憶があります。

量子コンピューターの研究は米国では1970年前から続いています。その研究者の層は厚く、もう3世代目だろうと思います。グ−グルの研究陣は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校からチームごとヘッドハントした人達だそうです。研究者は、より良い環境を求めて所属組織を渡り歩きます。日本政府は今から、量子コンピューターの研究開発を促進すると言いますが、今頃、遅過ぎます。グーグルの研究チームをハンティングした方が、遥かに速くて、コストが安いのは間違いありません。

ところで、量子コンピューターが、スパコンの15億倍以上の速さだとして何に使えば良いのか?日経記事では、創薬や素材開発などを列挙していました。金融では、MUFGが昨年春からIBMなどとの共同研究をしているということです。この共同研究がどういう内容なのか、筆者は知りません。市場性金融商品のリスク計算等だとされますが、それなら量子コンピューターを使うまでもなさそうです。それとも、今日、想定するリスク・ファクターを全て取り込み、対象とする商品間の連鎖までもシミュレーションしようとするのでしょうか?MUFGの行員が量子コンピューターのハード開発に参加するとは思えませんから、アプリ知識や実験データと研究資金の提供くらいかなどと思います。

ルールベース技術の一つにベイジアンという手法があります。10年前には資産運用や保険数理などでの利用が期待されましたが、現存ハードの計算能力不足で実用化できませんでした。今では、機械学習・深層学習で、計算能力の不足が問題となりつつあります。

要は、量子超越などといって、どっちが速いかを競うことは、利用者側の意味をなさないことです。量子コンピューターでは現存のアプリケーション・プログラムは作動しません。その移行コストは、これまでアプリ開発に要した費用相当額が必要とされます。つまり、現行アプリは既存のコンピューター技術で、新規のアプリで超高速処理が要求される計算処理に量子コンピューターが使われるという併存パターンが実用化後、10年、20年と続くでしょう。その間、ムーアの法則も続いていると思って良い。

金融機関が考える必要があるのは、量子コンピューター用にどんなアプリを使うかということです。ただし、実用化当初は法外な価格ですし、ユーティリティ・ツールも揃っていませんから、専門技術者を確保する必要もあるでしょう。そう考えると、金融が実務で使う時代は、やはり2030年より先か。

日経がこうして煽り記事を続けますと、金融機関の経営者はIT部門に当社への影響は何かとご下問します。IT部門としては、「面白い技術ですが、実用化はまだ先ですし、適用できる業務も当初は膨大な計算能力を必要とするシミュレーションなどであり、当社では今のところ静観で充分です。」という回答になるでしょう。また、グーグルが先行するということは、実用化すればハード販売もするでしょうが、クラウドでも提供するでしょう。それを待つのも一策であり、今更、国家予算を浪費するよりは、お国にはポスト量子コンピューターの研究を期待したいところです。

                     (令和元年10月28日 島田直貴)