小売店、瞬時に価格変更 (ダイナミックプライシング)

日経新聞の令和元年10月21日付トップ記事です。ダイナミックプライシングが小売りの世界に広がりつつあるという内容です。需給に合わせて価格を柔軟に調整する値付けは、以前から宿泊料金や航空運賃などで行なわれていますが、棚札と値札をオンライン化することで柔軟な価格調整が可能になっており、家電量販店などの動きを紹介しています。

価格の最適化は、B2Cに限らずビジネス戦略の重要な要素です。一方で、社会経済は長いこと一物一価を基本としてきました。最近では同一労働同一賃金が強く言われています。しかし、IT化の進展は、一物多価や一労一賃に結びつくのでしょうか。

日経記事では、ダイナミックプライシングを可能とするのは、個別商品の価格をリアルタイムで中央管理できるからだとの説明しかありません。その裏には、需給の予測精度を支える仕組みがあります。というと直ぐにAIだと思う人もいるのでしょうが、AIだろうが数理統計技法であろうが、最も重要なのは過去の実績データです。それには需給に直結する多様なイベントやエンティティが含まれなくてはいけません。ビッグデータだろうが、スモールデータだろうが、必要な素データが揃っていれば良いですし、量だけ多くても、ゴミに過ぎないこともあります。

国家戦略である未来投資戦略は、データ駆動型社会を標榜しています。経団連もSociety5.0を謳います。そうした流れから、データそのものに価値があるとして、データを集めることに注力する人や企業が増えています。代表的なのは決済サービス事業者です。小口決済などは、毎日百万件の決済を処理しても数百万円にしかなりません。スマホ決済などでは、百億円単位で換金サービスをします。

何故、決済に拘るのかと事業者に聞くと、決済ビジネスは手数料収入ではなくデータが目的なのだとの答えです。本当かい?どんなデータにそんな価値があるの?と重ねて問いますと、アリババの例をあげてきます。大中国を単純に真似しては駄目だよ、香港でわかるように個人のプライバシーは、顧客にとって基本価値そのものですよと忠告します。すると、匿名化すれば良いと来ます。匿名化したら、データの価値は随分と減るけど、それでビジネスが成立するの?と聞き返すと、やってみないと判らないと。それなら、やってみたら?で議論は止まります。

日本でアリババのような個人情報の使い方をすれば、殆どの顧客は離反して二度と戻らないでしょう。プライバシーを気にしない客層もあるでしょうが、それはビジネスとして狙うべき客層なのか?集めて使っても許されるデータ、匿名化すれば許されるデータの見極めが不可欠ですが、やってみないとお客の反応は判らない。それが怖いから、チャレンジする企業は殆どない。ただ、マスコミや政府は、個別案件に対する責任がないので、やたらデータの価値を喧伝しているのが実情かと思っています。

数年前に日本IBMの社員がAIのワトソンで第二の創業などと繰返して言うので、ワトソンの技術で幾らのビジネスになるのか、最盛期の売上が復活するのかと聞きましたら、返事がありませんでした。そこで、ワトソンの責任者が来日した時に、同じ質問をしました。答えは、ワトソンがコア技術であることは確かだが、それで解析する気象データと医療データが宝の山だとの回答でした。納得しました。確かに普遍的でかつ価値の高いデータで持続的に差別化できます。今では、米IBMに気象と医療に関するデータが相当蓄積されていることでしょう。米国IBMには、DeepThinkingとStrategicThinkingという伝統が残っていると感じたものです。日本にもDeepThinkingする人は大勢いますが、StrategicThinkingする組織が少ないことが残念です。組織が動かなければ、考え尽くした人は、戦略的に動く企業に移るか、自分で起業するのが米国の強みです。

10月8日の日経新聞が「オイシックス 買わない を分析」という記事を大きく掲載していました。生鮮食品宅配のオイシックス社が、顧客別の嗜好に応じて食材を提案することで、会員数を3年で倍増、18期連続の増収を実現しているとの内容です。顧客に送る食材リストから、欲しくない商品を外すことで注文リストを作成するのですが、そのカゴ落ち商品を分析することで、個客の嗜好を把握するのだそうです。品ぞろえや価格や宅配サービスだけでは差別化を持続できませんが、個客に合わせたレシピと食材の提案で差別化できる。嗜好の変化も把握できる。これは、思いつきのアイデアではありません。よくよく考え、試行錯誤した結果のアイデアだと感心します。他社もマネできますが、マネされる前にノウハウを蓄えることができます。この記事は、佐伯記者、藤村記者が書いています。実例に基づいて、データの集め方と活用方法を紹介しています。読者には大いに参考となるでしょう。冒頭の21日記事は無記名ですが、恐らく別の記者だろうと思います。メディアは、やはり記名記事にすべきです。

 

                          (令和元年10月21日 島田 直貴)