銀行、システム開放に遅れ


日経新聞の令和元年8月16日付記事です。銀行とフィンテック企業との間でオープンAPIによるシステム接続の契約交渉が遅れているとのことです。その理由にフィンテックを潜在的な脅威と見なす銀行の抵抗感があると書いています。銀行法により来年5月にはスクレイピングによる口座情報の取得が禁止されるので、このままだとサービスを中断するケースも出そうだ。金融庁の遠藤長官も7月に地銀との意見交換会で苦言を呈したということです。

この記事のポイントは以下のようなことです。

@銀行とフィンテック企業の契約が進んでおらず、来年5月のスクレイピング禁止期限が迫っている。

A銀行側の技術的対応は全銀協加盟行約140行中95行が済んでいる。ただ、中下位地銀で遅れるケースが目立つ。

B契約交渉が進まない理由に銀行がフィンテック企業に求める手数料問題がある。従来通りに無料を求めるフィンテック企業に対し、銀行は有料を主張している。スマホ決済などのチャージでは従来から銀行は接続手数料を徴収しているが、最近は値上げを要求する銀行が増えている。

C銀行としてはフィンテック企業とのシステム接続費用やチャージなどで経由するリアルタイム口座振替ネットワーク手数料の負担もあり、更にマネロン対策コストもあることから、受益者負担を求めている。

D銀行側には競合先でもあるフィンテック企業にただ乗りを許したくないとの意識があるが、安全・安心と適正な対価のバランスを取る必要がある。

@からCまでは、まさにその通りですが、Dの意味が不明です。この種の記事ではほぼ必ず使われる常套句でして、一般論としてはその通りなのですが、誰が誰の為に何をなすべきかが判らない。記者はこう言えば済むので、気楽な商売だと羨ましくなります。この件では、フィンテック企業にとどまらず、銀行も頭を悩ませています。記事のように、銀行が自己中心でフィンテック企業に意地悪をしているという話ではないことを理解しておく必要があります。

大半の銀行は今あるフィンテック企業を競争相手などと思っていません。大半のフィンテック・サービスは、自行顧客に利用者が殆どおらず、いてもネットバンキング利用者ではありません。つまり、スクレイピングすら使わずに手入力しているのでしょう。規模の小さな金融機関としては数人か数十人のお客の為に、自己負担で何千万円もかけていられるか?株主や既存のお客になんと説明するのか?銀行法は銀行に強制していません。対応しないのであれば、その理由を明示しろと言っているだけです。利用する客がいない、いても極めて少数で経済合理性がないと言えばそれまでです。

しかるに、オープンAPI化には数千万円から数億円の初期費用がかかります。加えて、その2、30%が年間保守費として必要になります。更に、オープンAPIだから作っておけば、あとはどことでも簡単に繋がる訳ではありません。オープンというので多くの人が、電気のコンセントのように、差し込めばすぐに使えると思っています。まことに迷惑なネイミングをしたものです。

銀行からすると、接続相手やサービスを増やす都度、詳細な仕様を確定して、ベンダーに開発させます。相当な費用です。あるベンダーなどは、初期費用を抑える替わりに、接続先を追加する都度、膨大な金額を要求します。銀行としては、他のベンダーを使うこともできず泣き寝入りとなります。内製力のない銀行が、品格に欠けるベンダーと付き合うと、終生餌食になってしまう。もっとも、ベンダーにも当該行にもそんな意識が全くないのが、傍目には気の毒でもあり、珍妙でもあります。

チャージなど資金移動を伴うサービスの場合は、リアルタイム口座振替などの第三者ネットワークを経由して接続関係のシンプル化を図っています。金融関連ではCAFISを代表にこうしたネットワークがいろいろとあります。金融機関のトランザクションがこのネットワークを通過する都度、手数料がかかります。残高照会などの無料サービスが8、9割を占めるサービスでも取られます。通行税などと呼んでいますが、これが1件数円から数十円もする。金融機関では、いかに、この関所を避けるかがサービス設計の肝となっています。

金融IT、デジタル化の真の問題をメディアは見ないふりをしています。それは、大手ベンダーの営業姿勢、技術力の劣化、そのベンダーに全面依存する銀行のIT能力欠如など、金融ITの限度を越えた劣悪化です。そもそも、アウトソーシングや共同化が金融IT戦略のあるべき戦略だと煽ったのはメディアではないか。それを鵜呑みにした時の経営陣に責任があるとしても、メディアは誰の為に報道しているのか?どうみても経産省と大手ITベンダーを利するだけの結果となっている。(最近の2025年問題なども同じ構図か。)先頃、大手メディアの上級幹部と話をしていて、この問題を正確に認識していたので驚きました。何故、報道姿勢を変えないのかと聞きました。本人も何故だかわからないのか、ただ、黙っていました。かつて自社が間違った方向に金融界を誘導したと認めることになるからだと邪推しています。

オープンAPIの契約が進まない利用にもう一つ大きな問題があります。それは、フィンテック企業などのコンプライアンスやセキュリティに対する姿勢です。金融機関からすると想像を絶するいい加減さです。大手銀はこれまでの経験から、それが判っています。大きなトラブルに巻き込まれることが高い確率で起こりえる。その時、顧客に大きな過失がない限りは銀行が被害額の補償をする必要がある。預金者保護法がその理由です。ですから、銀行としては、何かあった時には預金者の損害を補償しておいて、フィンテック企業等に過失があれば、補償額を求償する権利を確保したい。一方のフィンテック企業は、巨額の損害補償をすれば自社の存続が危ぶまれる危険がある。ですから、銀行に求償権を与えたくない。

そう思うなら、きちんとコンプラやセキュリティをやれとなりますが、そんなコストをかけたらフィンテックなんぞやってられない。要は、フィンテックだデジタル化だなどと騒いでも、利用者に安心と安全を保証する為には相応のコストがかかるが、それを誰が負担するかです。金融界はこれまで余りに多くを負担させられてきた。しかし、もはやその余裕はない。日本の個人客やメディアは、金融関連サービスは無料が当たり前だと思い込んでいる。

預金者保護法や銀行法のオープンAPIで、こうしたコスト負担を銀行に負わせることを前提とするのではなく、国や関連事業者が共同で利用者被害の救済を図る制度を用意しなければ、複数の事業者が連携する金融デジタル・サービスの普及は進まないでしょう。レギュレーション・コストは既に営利事業としての継続を難しくしています。行政当局者よりもメディアや学者の方が、はるかに時代遅れの認識であることを、この記事は示しています。

                                 (令和元年8月21日 島田直貴)