ジェロントロジーとミレニアル・プライベートバンキング


日経新聞の令和元年5月21日付で、UBSがミレニアル世代の富裕層をターゲットにPB推進態勢を強化、顧客と長い付き合いができるように同世代の採用を増やしていると報道していました。面白い動きだと記事を深読みしてみたら、第二新卒を含めて年に3〜5人を採用するとあります。一人で顧客20人を担当し、1顧客から1億円を預かるとして、総額100億円に満たない預り資産規模です。これでは、とてもビジネスにはならんというのが直観的感触です。今でも、大手銀で一人当たり預金が約40億円、地銀で20億円ですが、低収益に悩んでいます。しかも、この一人当たりは、全体の20%しかいない営業人数ではなく、後方や間接要員を含んだ全行職員が分母です。

外資系金融機関は昔から日本でPBを手がけてきました。しかし、メリルやHSBCなどが数年前に撤退し、一昨年あたりからUBSなどスイス系が再挑戦しています。理由は、IPO長者が増えており、この層は高齢富裕層とは資産運用に対する考えも、個人生活における価値観も大きく異なる新しい市場だとの観察があるようです。4年前にある大手銀がPB戦略を真剣に検討しました。いろいろな案を揃えて経営に上げましたが、結局は時期尚早と何の施策も決まりませんでした。訳を聞くと、日本の富裕層は高齢者に偏っており、資産の源泉は事業所得、医療、相続資産などで、資産は個人に所属するという欧米の特性に対して、日本では家族や一族の財産という意識が強い。それで1対1のPBは主流になりえず、むしろ、総合金融と付随するサービスを活用したB2B的なビジネスが必要。よって市場の定義とあるべきサービスを検討しなおすべきだと判断されたそうです。これを聞いた時は、体の良い先送り論法だと思ったのですが、よくよく考えると、正しい見方だと思い直しました。

わが国では金融資産5億円以上の世帯数は8万4千だそうです(NRI調査、2017)。個人金融資産が2千兆円弱、その過半を高齢者が保有します。不動産資産を含めると高齢者に所属する資産は、国富の3分の二以上です。大手企業で定年まで働いた三階建て年金の受給者は、現役の勤め人が得る平均給与所得よりフロー収入でも多い。その不公平感や時代の変化に関する評価を別として、この2千兆円を寝かしておかずに価値を生み出させるにはどうしたら良いか?これが、わが国の国策で大きな柱となります。そこで出てきたのが、貯蓄から運用へという政策誘導です。しかし、その変化は余りに小さく遅い。次に出てきているのが、高齢者に的をあてた金融ソリューション・ビジネスです。

金融庁が昨年7月に「高齢社会における金融サービスのあり方」というレポートを出しました。時代背景など、極めて良くまとめたもので、その中でフィナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)という概念を打ち出しました。最近では日経と組んで大規模なシンポジウムも開催しています。ジェロントロジーは、米国では数年前から一種のブームで多くの研究者がいます。プライベートバンキングも昔から大きな調査研究対象ですが、それとジェロントロジーが結合しつつあります。どういう訳か、日本ではこの分野の調査研究は殆どありません。ジェロントロジーも慶応や東大の限られた研究者しかいません。先日、MU信託、野村証券、慶応大学などがジェロントロジー協会を立ち上げました。これらの動きのベースには、高齢者に金はあるが、認知症や学習判断力の懸念があり、それに配慮した金融取引が必要だという前提です。フィデューシャリー・デューティ対策に矮小化された感じです。

筆者を含めた団塊世代でこの件を議論すると、わが国のジェロントロジーと団塊世代の認識には大きなズレがあります。65歳以上と定義される高齢者は確かに体力が弱り、多少の病気持ちかもしれませんが、まだ、やりたいことだらけです。仕事をしたいとか、社会活動に参加したい、趣味をもっと高めたいとか。別荘地に移り住んで1年もしないで東京に戻る人が多い。それは何故なのか?遊びにいくのと、定住するのは全く違うと気付いただけのことです。日本人、それも高齢世代の生活価値観を正確にきめ細やかに把握しないで、一括りにすると間違えます。知識欲や自己実現欲を満たすサービスへの関心が高いが、それは、若年層も同じでしょう。ただ、重視度合いが大分違う。貯蔵も移転もできないサービスを個々人のニーズ、シーズに合わせて、タイムリーに提供するにはどうしたら良いかという普遍的な課題において、若年層と異なるのが時間です。一日がとても速く過ぎ、人生の残り時間は減る一方です。つまり、高齢者には、時間が最大の制約というか有限資源ということです。

こうした高齢者のニーズに対して、全銀協が金融審議会などで説明する「社会的課題の解決〜超高齢社会への対応〜」などでは、高齢者ニーズに対するシームレスなソリューションを提供することが重要だとします。そこで金融が提供するのは、資産承継、資産運用、資産管理だそうです。非金融ニーズの提供には、規制の緩和が前提だともします。良いことを言いかけて、結局はサプリの宣伝か?といったところでしょうか。

最近、売らない営業という表現がブームのようです。コンサルと称して、上から目線で教えてやり、結局は売りたい商品を買わせようとするのではなく、質の良い情報とサービスを淡々と開発、提供し続ければ、質の良い高齢者が自分から寄ってきます。その為に、オープンイノベーションを通じたエコシステム化を図れば、ビジネスとしての形が見えるでしょう。サブスクリプト化しても良い。金融機関は、そのエンゲージメント・リーダーというか、ファシリテーターになれば良いと思うのです。その素地は充分にあると考えています。一部ではありますが、そうした動きが出ています。

我々、高齢者はアイデアを出し、IT経験者はデジタルを使ったUI/UXの高度化に参加すれば面白いサービスが作れるのではないでしょうか。金融機関がやらないのなら、高齢者が自分でサービス開発をやって、次に銀行でも創れば面白いかもしれません。資本金が100億だとしても、千人で1千万ずつ出せば集められる。銀行OB、OGや勘定系システム開発経験者は、何万人も存在します。そんなチャレンジャーバンクは海外にもありません。

                          (令和元年5月22日 島田 直貴)