セブン銀行が全ATMに顔認証

日経新聞の令和元年5月11日の記事です。セブン銀が5年間、700億円をかけて全ATM2万5千台を新型機種に置き換えて、スキャナー、カメラを使った顔認証を搭載すると発表したそうです。スキャナーで運転免許証などを読み取り、カメラで利用者の顔を撮影して、双方の写真を照合することで本人確認を行なう。確認時間は20〜30秒だそうです。

この記事を見て一般の人達はどう思うでしょうか?セブン銀の技術力は凄い、これからはキャッシュカードが要らないし、どのセブンでも顔パスで入出金ができると思うでしょうか?口座開設や5万円以上の現金振込も窓口にいかなくて済むのでしょうか?知人に聞いたところ意見は二つに分かれました。

一つは、そうなったら便利だ。早く、セブン以外の銀行もそうして欲しいという意見です。もう一つは、なんか気味悪い、俺の顔を記録しておいて、店に入ったらず〜っと監視されるような気がする。そもそも、スマホやゴルフ場のロッカーなどの顔認証は、しばしば認証が通らなくて、係員を呼び出さなくてはならないことがある。30秒もじぃ〜っと待って、確認できませんなんて返されたら、二度と使わないよね。といった反応がある。

セブン銀はこの新型ATMの実証実験を以前から繰返していました。当然、認識率や応答時間などは許容範囲まで改善したことでしょう。世の中は、ID+PWから生体認証に変わろうとしていますし、FIDOによる認証方式が普及しだしています。顧客利便、技術的可能性などを考えれば、まさに正しい方向を目指しています。ただし、今のキャッシュカード+PWによる取引も、しばらくは残るでしょうから、顔認証が嫌だという利用者でもATMを使える筈です。提供側にはダブルコストですが仕方がない。

700億円という投資額もセブン銀には、さしたる金額ではありません。1台あたり280万円です。導入設置費用を考えれば、ATM購入費は200万円強といったところでしょう。ATMも随分と安くなったものです。10数年前なら5百万〜1千万円でした。機能が増えて半分以下に価格が下がるのですから、ATMベンダーには辛いビジネスかも知れません。その一方で、セブン銀が銀行から受け取るATM手数料は、昨年で1353億円です。営業利益率は20%前後だそうですから、2年半で導入費用を回収できます。

キャッシュレス化の流れの中でATMの必要性が減少するという見方があります。セブン銀もその流れを承知しています。だから、様々な新サービスを追加しています。例えば、蓄えたノウハウを使ってアンチマネロンのサービスを銀行に提供し出しています。このビジネスでもセブン銀行にとっての顧客は他の銀行です。AML関連ノウハウの元は、セブンイレブンが雇用する留学生アルバイトの取引です。給与振込口座は、セブン銀が殆どですから、非居住者取引は膨大な件数になります。海外送金などでいろいろなケースを経験しているでしょう。国内に比肩する銀行はありません。

セブン銀の顔認証ATMをATMの進歩とだけで見ると間違えるように思います。同行のATMネットワークはいろいろなプラットフォームとして使えます。顔認証機能は、マイナンバーで使える公的サービスやその他サービスの本人確認プラットフォームにもなるでしょう。100%確実とはいえないスマホなどによるデバイス認証よりはFIDOとしても数段確実です。生体認証データをオンライン化する時代になれば、このプラットフォームは万能の認証インフラになるかも知れません。ただ、筆者は顔認証よりも指静脈認証派ですが。

オンライン生体認証の課題は、認証率と応答速度です。認証率はNECが頑張って精度を上げています。問題は処理速度です。不特定の生体認証DBに対して照合しようとすると、途端に応答速度が劣化します。7千から1万件が現在の実用性の限界だそうです。今はIDや氏名などで照合対象を絞り込む工夫が必要ですが、5Gや照合アルゴリズムの改善などで、この問題も軽減されるでしょう。問題が消えてから導入するのか、自ら解決方法を開発しながら、新たな使い方を発明するかは、大きな差となります。パブリック・クラウドのAWSのような存在をセブン銀は目指しているのかも知れません。GAFAの業績を見ると研究開発費がプラットフォーマーの生命線です。対して、わが国銀行業界は、研究開発と人材育成に対する投資が無きに等しい希有な産業です。

ATMベンダーにはどういう影響が出るでしょう?銀行のコスト削減によりATM投資は縮小することが確実です。それをキャッシュレス化が加速します。価格の急速な低下もあり、国内ベンダー3社は、海外市場を強化しつつありますが、海外のキャッシュレス化は日本より遥かに速い。結局は、日経記事にあるような時間稼ぎの合従連衡に進むのか。または、入出金機能から別のサービス機能にシフトするのか。50年近くに渡って入出金だけを考えてきた人達が、パラダイムシフトに対応できるのか?難しそうです。撤退も転換もできないとすれば、一部家電メーカーなどのように海外資本の傘下に入るのか。

こうした環境変化に銀行はどうするのか?相変わらず、ATMベンダーに更なる低価格を求めるのか?その結果どうなるのか。近年、銀行はITベンダーに一律コストカットを強要してきました。結果として、特定ベンダーへの依存が度を越えてしまったか、マルチベンダー化により自分では制御できない状況になってしまいました。呉越同舟ならまだしも、共倒れとなると穏やかな話ではありません。わが国IT産業は受託開発だけのガラパゴスであることを、金融IT戦略の大前提に考えるべきです。

伝統的銀行も、セブン銀のように、二手先、三手先を読みながら、チャレンジを繰り返す必要があります。ATMは、当面、銀行にとって主要な対顧客チャネルであり続ける筈です。しかし、それが茹で蛙となる原因となります。レガシー資産を持つハンディキャップはありますが、そのハンディをアドバンテジに変えるには受け身では無理です。自ら環境を変えるくらいの心意気と実行力が必要です。

                             (令和元年5月15日 島田 直貴)