相次ぐ巨額なIT関連費用の除却処分

約11ケ月ぶりに、当コラムを再開します。長く休稿したことをお詫びいたします。多くの方からどうしたのか、再開はいつになるのかと激励のメールや電話を頂戴いたしました。ありがとうございました。昨年6月に突然、体調を崩しまして、入院、手術、自宅療養を経て、体調は回復したのですが、勤務時間を大幅に短縮したこともあり、長らく休稿としてしまいました。ご心配をおかけし、申しわけありませんでした。改元を契機に、本日より再開させて頂きます。掲載回数が若干減る可能性がありますが、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。

                                        (島田 直貴)




再開第一回のテーマは、巨大プロジェクト費用の除却問題です。明るいテーマで書きたかったのですが、除却問題が飛びぬけて関心を集めていたので選びました。
みずほ銀行が3月にシステム関連費用4600億円を含む総額6800億円の損失計上を発表しました。4月にはMUニコスが新システムの開発を中断し、既にかかった費用1千億円前後の損失処理を検討中との報道がありました。大手金融でIT投資の除却が続いたので、メディアの関心は、業界共通の背景があるのかと思ったようです。

MUニコスの場合は、開発がとん挫した状況で、傷を広げる前に撤退を決めた経営陣の決断を評価する声が多い。ですから、筆者のところに来る質問の多くは、プロジェクト失敗の原因は何かというものでした。筆者の回答は、MUニコス、ベンダーIBM双方が、1980年代の銀行三次オンラインと同じ発想で開発プロジェクトを始めたことではないかということです。この発想という表現には、システムのアーキテクチャ、開発手法と態勢、予算感などが含まれます。そもそも、クレジットカード、信販、消費者金融という似て非なるビジネス・プロセスを統合しようと考えること自体が間違いだという意見が、リテール・ファイナンスのベテラン技術者に共通した認識でした。使用する技術も新旧チャンポンで、開発負担を軽減する為に様々なツールや手法を取り込んだようです。開発を複雑化する結果となったのかも知れません。

みずほのケースで来る質問は、まだ移行が完了していないのに、費用が確定できるのか?そもそも4千数百億円もの開発費用がかかる投資は、もともと採算度外視だったのではないか?などといった質問です。開発着の段階では、予算は約半分でした。それが、徐々に膨らんでついに4500億円越えになってしまった。この時点で開発から撤退するなど、時の経営者には考えもつかなかったのでしょう。IT部門OBの方々からは、早い段階でプロジェクト中止を提言する声が多かったそうです。その理由は、採算が取れないからではなく、開発できない、或いは、時間と費用が大幅に超過するからだと聞いています。

メディア的には、大規模障害を繰返して、再発防止の決め手として行政当局にシステム統合を約束したからとなっています。海外の機関投資家からは随分と冷やかに見られてきたプロジェクトです。今回、現経営陣は、元経営陣の反発を受けながら決断したとも聞きます。筆者が懸念するのは三点。第一点は、監査法人が損失処理を認めたとして、国税当局をいかに説得するか。単純に考えれば、国は2千億以上もの当面税収減になります。銀行勘定系システムのコストが商業銀行業務の収益とどのように紐づけられるのかを実証する必要があるでしょう。経営環境が厳しいということだけでは理由にならない。第二は、海外投資家への説明をどうするか?下手をすると新旧経営陣は損害賠償請求を受ける可能性があります。第三は、FG全体としてこのシステム統合に集中しました。その間、先送りされた新規案件は、7千件以上と聞いたことがあります。仮に1千件だとしても、定年を越えて頑張ったベテランが一斉に引退した後に残るIT技術者達は疲れ果てています。膨大なバックログ案件をどうするのか?待ち切れなかった事業部門では、クラウドなどを使って勝手にシステム化しているかもしれません。ITガバナンスの再構築は何とも重くて難しい課題になることでしょう。

巨額なIT投資除却処理は、大手金融に限った話ではありません。地方銀行でも、稼動を繰返して延期し、当初予算を大幅に超過したプロジェクトがあります。収益環境はビジネスラインや海外事業などを考えるとメガよりもはるかに厳しい状況にあります。やはり、採算が取れないからと除却するのでしょうか?果たしてできるのか?

冒頭に金融界共通の課題があるのかとメディアが懸念していると書きました。筆者は、銀行とノンバンクだけの話で、保険や証券に大きな除却という動きは見られないと答えます。銀行との違いは、内製力とシステム・アーキテクチャにあります。保険は業務プロセスでシステムを分割、レイヤー化しています。証券はビジネスライン別の体系になっています。銀行のように度を越えた密結合にはなっていません。加えて、社内にIT人材を抱えて育成しています。外部の要員を大量に使う場合でも、その管理監督は自力で行なえます。この差は大きい。

今、銀行では勘定系オンラインに問題が表出しているが、遠からずSOEと称される対顧客サービス面でも、この差が表面化する筈です。既に手遅れかも知れません。そもそも、全面依存してきたITベンダーに大規模開発をこなす力がなくなっています。今から育てるとしても、中核となるPMやアーキテクトの育成には10年は必要でしょう。それもOJTが不可欠です。この問題は20年以上前から明らかなことでした。

最近、筆者は内製力だとか経営陣の理解だとか、唱えるだけ無駄だと思うようになりました。IT企業に依存し続けることは衰弱死を避けられないとも考えます。銀行界共通の課題だとすれば、業態を越えた有志金融機関による協業の仕組みを作るしかないでしょう。例えば、勘定系と呼ばれるシステムの中で純粋な会計処理・ジャーナリング機能を、BPOサービスとして提供する事業体を創る、金融特化型の業界クラウドを構築する、金融IT技術者を育成し業界内でシェアできるスキル育成・供給機関の設置、海外を含めた先端テクノロジーの調査研究機関の創設などです。もはや、個別金融機関が対応できるレベルを越えてしまったのではないか?

                                      令和元年5月7日

                                      島田 直貴