社内預金FinTechサービス

日経XTECHの平成30年4月17日付記事です。システム開発のebs社が秋にサービス提供を始める予定です。福利厚生サービスの一環として企業等に販売します。社内預金制度は、労働基準法で認められた制度です。労使協定を結び、預かった資金の保全措置など一定の条件が必要ですが、従業員から給与天引きで貯蓄金として企業が預かります。それに利子をつけるのですが、一般に銀行預金よりも高い。法律で下限金利が決まっており現在は0.5%です。5%をつけても構わない。企業側の判断です。そして、その金利分は損金処理できる。預かった資金を企業が、設備投資や運転資金に転用することもできる。但し、払い出し請求には必ず応じる義務があるので、一定の流動性を確保しておく必要があります。

昔は、多くの企業がこの制度を採用していました。金利が高く、かつ、インフレ基調の時代でしたから、銀行から借りるよりも安い資金調達が可能でした。従業員にとっては、天引きですから、確実で有利な貯蓄手段でした。中には給与の大半を預金する一方で、住宅ローンの利息補助を受けることで預貸金逆利ザヤを稼ぐ人もいました。ただ、引き出す為には、払い戻し請求書を経理に持っていって、現金をもらわなくてはなりません。経理は帳簿管理や現金管理など手間がかかります。大企業では社内預金引出し用にCDを設置するところもありました。オフラインでカードに残高を記録していました。セキュリティからすると恐ろしい話ですが、社内限定なので、問題が出たという話は聞きませんでした。低金利化とともに、企業、従業員双方にとって利点よりも負担の方が目立つようになり、余り使われなくなりました。特に中小企業での制度採用は極めて少ないそうです。

ebs社はコンパクトな銀行勘定系オンライン・パッケージを販売しています。それをクラウド上で社内預金システムとして使えるようにするようです。まさに社内ネット銀行です。そして、企業、従業員にメリットのあるサービスを付け加えていくとします。例えば、業績に応じて従業員別の貯蓄金利や短期貸付金利の優遇をできるそうです。従業員にはスマホで残高確認ができるようにし、引出し請求をすれば、銀行ATMから引き出せるようにします。その為に銀行とはAPI接続する予定だそうです。

こうして見ると、社内預金制度一つ一つが独立した銀行に近い預貸金管理システムを必要とします。基盤となるパッケージにはマルチバンク機能があるので、個々の制度毎の金利や利用ルールを設定できるのでしょう。それをAWS上で作動させるのですが、取引量は限られますから、レスポンスを心配することもなさそうです。まずは、ebs社内でこの制度を導入して、制度仕様の改善やUIを高度化するそうです。使う内に様々なアイデアが出てくるでしょう。銀行にとっても参考となる新サービスが出てくるかもしれません。まさに、IT企業、中小企業、従業員、銀行によるオープン・イノベーションの場となりそうです。

このサービスが銀行とどのように関係するのかと、銀行員の方達と少し議論をしてみました。銀行にとっては社内預金の保全措置と引出しにおいて、いかに関与するかということになります。余り旨みがないようですが、職域チャネルとして、企業やその従業員との取引関係を密にするメリットはありそうだとなりました。また、従業員がどの程度、この制度を利用するかによって、従業員から見た勤務先企業の成長性、安定性が歴然となる。それは、下手な信用リスク評価より強力かも知れないと言う人もいました。地元企業の福利厚生が高まることで、従業員の定着率があがり、地域マネーと連結させれば、域内での資金循環を改善できるかもしれないとの意見もありました。これまで世に出ている単発的なFinTechサービスよりも複合的効果が期待できそうです。

この口座に各種の福利厚生サービスを連動させれば、面白い職域チャネルとなります。例えば、NISAと連動させる、地域のお祭りなどのイベント向けのミニ保険と連動させる、健康診断、公立図書館、提携病院の診察券、などをアプリとしてスマホ上で組み合わせても良いでしょう。こうなると、職域信用組合や労働金庫、農協などは、少々辛いことになるかも知れません。これらの業態では、FinTechやオープン・イノベーションは、全く外の世界のことと考えられていますが、自分のコアマーケットに突如、イノベーターが出現することになります。

ここまで、社内預金制度は中小企業用というイメージで語ってきました。もし、大手コンビニや製造業などが、デジタル化した社内預金制度を採用したら何が起きるでしょう?この制度は、あくまでも特定企業とその従業員だけの制度ですが、基本的な銀行業務を処理する仕組みが必要です。その経験やノウハウを社外の個人や企業に展開しようと思えば、金融庁に認可申請をすれば済みます。銀行業務参入の壁が一挙に下がる可能性をいかに考えるか。面白い世界が出てくるような感じがします。

 

                                      (平成30年5月2日 島田 直貴)