SBI証券の口座数が大和証券を越えて400万突破

日経新聞が「未完の金融改革」と題した特集を連載しています。その第3回が11月2日付で掲載されていました。1990年代の金融ビッグバンと呼ばれる大幅な金融規制緩和を受けて、証券手数料が自由化され、90年代末にはネット取引への新規参入が相次ぎました。SBI証券の発祥そのものは、1944年設立の大沢証券ですが、1998年にSBIとE*TRADE(米国)の合弁子会社に買収され、翌年にはイートレード証券としてネット証券化しました。その後、合併や商号変更を重ねながら、2008年にSBI証券となりました。この時にE*TRADEとの資本関係も終了しています。同社は、その後、大きく成長しています。

口座数で抜かれた業界2位の大和証券ですが、その歴史は115年に及びます。戦後は、日興証券と業界2位の座を競い、最近では2位を継続しているのですが、トップの野村との差は徐々に広がっています。そして、口座数でネット証券最大手のSBIに抜かれました。ライバルの日興証券は、いまではSMFG傘下となり、かつての面影は消えてしまいました。原因は、個人取引でネット証券に敗れたことだとされます。現在では、個人取引の9割がネット証券だそうです。ネット証券の強みは、手数料の安さです。それと、営業を介さず、取引の推移も簡単に確かめられることでしょう。無料で提供されるシミュレーションや相場情報も参考になる。しかし、こうしたサービスや低手数料化は、大手証券も行なっています。何が、ネット証券の強みなのかは判りません。

筆者も大手証券とネット証券の双方を使っています。以前は、大手でもらった情報で判断して、手数料の安いネット証券に注文を出すというのが、大半のパターンでした。大手証券のOBですら、そうでした。でも、最近は、ネット証券だけで十分です。大手証券との取引は萎む一方なのに、引き留めや取引拡大の勧誘は一切ありません。個人的には、大手証券はよほどの富裕層でなければ、個人を相手にしたくないのだろうと思っています。

SBI証券は住信SBIネット銀と緊密に連携していることが強みだとする見方があります。大和も大和ネクストというネット専業銀を作っています。しかし、顧客拡大の施策は見られず、大和証券の顧客に対する証券取引決済資金の置き場としか見えません。200億もシステム開発にかけた意味が理解できません。住信SBIネット銀は、現在ではフィンテックの旗手的存在ですが、それ以前から様々な顧客サービスで顧客開拓を行なっています。今では290万口座で4兆円以上の中堅規模銀行となりました。証券と銀行のシナジーの活かし方が、大和とSBIでは全く異なっている。

証券手数料の自由化が行なわれたのは1999年です。手数料はそれ以前の10分の1になりました。手数料自由化の狙いは、安くすることで取引ボリュームを増やすことでしたが、こちらの狙いは外れました。相変わらず、1日の売買額は2、3兆円のままです。収入が1割になるのですから、固定費の大きな伝統的証券会社が維持存続できる筈がありません。かつて、東証の会員は84社でした。大手4社を除いて殆どが、兜町に拠点を構えていました。それが、買収などでカタカナ証券に変わり、兜町から姿を消しました。近く、証券業協会の入居する証券会館も立て直しとなり、協会も兜町を去るそうです。

1971年4月1日から長年、兜町に日参して、今でも隣の八丁堀を活動拠点とする筆者としては寂しい限りです。兜町が栄えたのは、まさにアナログの時代です。各証券会社は取引所に場立ちという注文を提示する担当者を送りこんでおり彼等の拠点が必要でしたし、現物の株券で約定の清算をしていました。ですから、顧客から預かる証券を保管する金庫とその運送にも取引所間近に本部機能が必要でした。前場と後場が引けた後、庶務のおじさん達が、大きな布袋をいくつも台車に乗せて走りまわっていました。中味は株券です。こうした人的作業は、全て電子化されました。兜町というか取引所に近くてメリットがあるのは、高速取引のシステムくらいになりました。人は要りません。そして、気がつくと、兜町が地方都市のシャッター通りのようになっています。東京都は、この街をロンドンのシティのようにしたいと言いますが、オフィス作って、税金を優遇するだけで、金融サービス業がやっていけるとは到底思えません。シティが未だに国際的金融街であり続けるのは、多くの要因が重なり合っているからです。

90年代のビッグバン真最中、証券会館の大会議室で、東証会員証券84社の社長会で、講演したことがあります。手数料自由化を前提に話をしていたら、多くの中小証券経営者から、「何を言っているんだ。俺達は手数料自由化など絶対に認めないぞ。」と叫び出しました。後で、大手証券の方達が、「失礼しました。彼らは時代の変化を理解したくないのです。」と慰めてくれましたが。変化に対応できない人がこれほど多くいるのかと感じたことを、しばしば思い出します。

金融庁は、FinTechをツールとして金融サービス革新を進めています。金融機関の中には、行政の幹部が異動して、金利が上がり出せば、元の心地よい環境に戻れると思っている人達がいるようです。金融サービス革新や業務改革が必要なのは、行政が言うからではなく、技術革新を含めて時代の流れなのだと理解する必要があります。手数料引き下げや金利引き下げも政策の前に、時代の流れがあります。この変化への対応にはいろいろな方法があるでしょうし、どれが正しいかもわかりません。やってみるしかない。確実なのは、変化に対応できなければ、存続できないことです。今抱えるインフラに執着すると、シャッター通りの一員になるだけです。嬉しいことは、金融機関の多くが、変化への対応を目指して動き出したことです。金利が上がるのを待つ時間の余裕もなくなりましたし。5年後、10年後に銀行や信金、信組などがどのように変わっているのか楽しみです。

                         (平成29年11月8日 島田 直貴)