日経 13/9/28

銀行のオンライン障害

ソニー銀行のオンラインが27日に障害を起こしたとの記事である。それにしても、全国の銀行の中で、取りたてて、オンライン障害を記事にされるソニー銀行担当者の皆さんには、同情の念を禁じえない。金融庁が事情聴取するという。聞いたところで、何ができる訳でもなく、ただ、再発防止の為の圧力をかけるだけのことである。担当者は、ここでも余計な労力を取られることになる。障害を繰り返したくないのは、誰よりも本人達である。有名税と我慢するしかないのだろうが。

20年近くの昔、全国の新聞が銀行オンライン障害キャンペーンを張ったことがある。障害発生を他社より早く知る為に、銀行支店向い側にあるタバコ屋のおばさんに、見張りを依頼した(有料で)日刊紙もあったほどである。障害を起こすと、銀行トップが大蔵省に呼ばれて釈明させられた。当時の頭取達の中には、そのお陰でコンピュータに詳しくなった人もいた程である。余り続くと、頭取が逃げて、IT担当の専務・常務が代理で大蔵に出向く。多くの関係者が、ポケベルを持たされ、運用のチーフ格の人達は、センターの至近距離に寝起きするようになった。大蔵省地方財務局も張りきって、小規模信用金庫のダウンに理事長を呼びつけてどなりつける。その信金の来店客は、1日数百人で、ダウンしていても、通帳や現金を預けて帰り、翌日取りに来てくれる。特段の支障はないのだが。

銀行トップのウラミは、メーカーに向かう。障害の大半は操作ミスに起因するのだが、素人には判らない。一時期は、本当に険悪な関係になったものである。銀行の中には、高額な損害賠償をメーカーに求めるところも出た。メーカーは、金に糸目をつけないのなら、絶対に止まらないシステムを作りますが、払えますか?と対抗する。何とも日本的な風景が二、三年続いた。その結果、銀行第3次オンラインの最大のテーマは、ノーダウンとなった。銀行オンラインが巨大化、複雑化した一因である。何とも経済合理性から、程遠い話であるが、いかにも日本的とも言える。

当時、行政担当者や銀行の方々と、銀行の社会的責任とオンライン障害をテーマに討議したことがある。何故、銀行ばかりがオンライン障害のような一企業の業務上のことで、これほどまでに非難されなくてはならないのか?答えは公共性ということであった。電力、ガス、鉄道のように停止したり、事故を起こすと社会的混乱の元になるというのである。公共性とは、究極は継続性であり、その確保のために銀行は規制下にあるという論法であった。しかし、銀行は電力会社などのような、独占事業体ではない。多くの場合、顧客には代替策がある。徒に、高度な継続性を求めることは、結果としてコストアップとなり、別の所でサービス・レベルを落とすことになろう。

今回のソニー銀行のケースを記事にした記者の意図は判らない。注目を浴びており、ITを前面に打ち出したソニー銀行だから記事にしたのであろう。しかし、ハイブランドのジャーナリストには、公平性を期待したいものである。

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