フィンテック普及 強気の金融庁

平成29年6月2日付日経新聞のコラム「霞が関ファイル」です。金融庁の森長官が都内での講演で、「フィンテックにより一大金融変革期が訪れる可能性があり、必要な環境整備や障害の除去を先んじてやっていく」と語り、2020年にはオープンAPIを導入する銀行を80に、2027年中にキャッシュレス比率を現在の2倍の40%に引き上げることを目標とする。」と表明したそうです。また、「フィンテックの進展に伴い、既存のシステムが負の遺産になる可能性があるが、護送船団に戻ってはいけない。」とも話したそうです。

記事では、80行と40%という数字が強気だとして、例えば、民間銀行の間に「銀行システムの情報を外部に開放することに慎重な声が根強い。」と書いています。最近の政府は、KPIをセットして政策の具体的進捗を測ることが多いのですが、筆者個人の目からすると80行が多いとは全く見えません。例えば、地域銀105行の半分は実施することが確実と思います。それに大手9行と新設11行を加えれば、軽く70行を越えます。信金も信組も多くはNTTデータの共同オンラインと共同ネットバンキングに加入しています。NTTデータは、オープンAPIを構築して、共同ネットバンキングと外部との接続を予定していますから、その料金次第でしょうが、お客の要望があるとしても信金信組にとってAPI接続は簡単です。

オープンAPIだといっても、民間銀行の幹部が心配したり、政治家や官僚が期待するように、何でもかんでも自由につながる訳ではありません。そもそも、信金共同の場合は、NTTデータ経由しかありませんから、ベンダーオープンではありません。ましてや無料でもない。一部ベンチャーは勘定系オンラインに直に接続することを求めていますが、外部に金庫室の番号と鍵を渡す銀行がいる訳がありません。金庫に入っているのは、預金者の金です。そういう要求を出すベンチャーはまず、オープンAPI接続の適格性で失格です。何をしでかすか判らない。

キャッシュレス比率40%ですが、これは意外と難しいかも知れません。わが国における現金通貨の安全性、安心感、利便性の高さはこのコラムでも繰り返して説明しています。もっとも、口振や振替などを入れると途端に比率は変わってきます。記事が比較する韓国や中国に簡単に追いつくかも知れません。未来投資戦略2017でキャッシュレス比率の分母と分子がどのように定義されているか、確認することにします。一般的には、分母にカード決済(クレジット、デビット)、電子マネー決済、スマホ決済、現金決済などが殆どで、分子は現金通貨以外ということでしょう。

ではキャッシュレス化をいかに進めるか?方向性は単純で、現金よりも便利で安心で有利にすることです。それも、少しではなく、大幅に。一番判り易いのは、ポイント制や割引などでしょう。金融庁と経産省は、数百億円の予算で電子決済端末の導入費用を補助するとしています。キャッシュレスポイントを増やすことは確かに重要で、特に人が大勢集まる大都市の商業地域には効果が大きいと考えられる。

問題は、取引件数が少ない地方です。人口の65%がいる。この地域では、いろいろな決済カードを作成、配布していられない。長期的にはスマホが中心となる。我々の財布の中は、カードだらけです。できればよく使うカードだけでもスマホに統合したい。店側の端末はスマホかタブレットの機能を持つデバイスであれば良い。スマホ決済のプラットフォーム上で地域マネー化できれば、地域経済に資することもできるし、使用目的に応じた割引など優遇サービスも提供できる。メガバンクよりも地域金融機関が、地域特化型サービス開発の能力がある筈です。当行にそんな能力はないと言うのならば、その金融機関はみずからの存在価値を考え直し、場合によっては銀行免許を返上した方が良い。

フィンテックが米欧で始まった当初は、Disruputorとして銀行への脅威がフィンテック(・ベンチャー)だった筈です。日本では当初からフィンテック・ベンチャーはDisruptorとして見られていません。フィンテック・ベンチャーにとっても、メガと組んだ方が簡単で収益拡大が確実です。地域金融機関が恐れるのは、大手銀行がフィンテックで武装し、地方の顧客を吸収することです。ですから、大手銀と客層の重なる地方銀行は早々にフィンテック対応を始めたのです。

6月2日にシスコが「デジタル変革に向けたビジネスモデル」をテーマとしたセミナーを開催しました。その中で、同社のプレゼンテーター達は、デジタルボルテックス(渦巻き)の中心に巻き込まれると企業のバリュ−チェーンがバラバラにされる。その変化は指数的に激しくなり、予測もできない。ただただ、対応の俊敏さが重要。」としています。この大変化が当コラムの冒頭に紹介した森長官の一大金融変革期なのだと思います。デジタル・ディスラプターの武器は三つです。価格の安さ、利便性、そしてプラットフォーム。この中で最も持続可能な武器はプラットフォームですが、ここを目指している銀行はMUFGとSMFGくらいでしょうか。他は、出会い頭的に他社提供のサービスに紛れ込んでいる。

5月に発表された“CNBC Disruptor50 Companies”で5年間続けてランクインした企業は7社だけだそうです。昨年1位だったUberですら今年は19位に転落。今年ランクインしたフィンテック関連のDisruptorは5社。本人確認のTrulioo、EC決済のPayoneer、総合金融のSifi,デジタルマーケティングのPersoda、ビッグデータのQuidだそうです。その他のDisruptorは既にDisruptされたようです。筆者は今年ランクイン5社の内、4社は名前すら聞いたことがありませんでした。

結論として言えることは、既存の金融機関は既存の顧客を大切にして、Disruptorが提示する新サービスの内、使えるものを自行顧客用にカストマイズすれば良い。そのスピードときめ細やかさが、大手銀に勝つ、唯一の方法だと思います。そして、新サービスのプラットフォームを地域金融機関の共同で構築する。現在の共同システムは給食みたいなものですが、これからは、台所や食材仕入れを共同化しても、お客の体質と体調に合わせて自分で調理することが、デジタルボルテックスに生き残る道となるでしょう。金融庁は決して突飛なビジネスモデルを求めている訳ではありません。

                   (平成29年6月6日 島田 直貴)