政府はレギュラトリー・サンドボックス導入の方針

日経新聞の平成29年1月6日付記事です。政府は成長戦略推進の為の規制緩和策としてレギュラトリー・サンドボックス(RS)を導入するということです。RSとは規制の不確実性によるイノベーションへの制約を取り除く目的で、新規事業の実験の場を意味します。新規事業考案者が、規制がなければ実現しそうな事業計画を政府に提示し、許可を得られれば、試験事業を展開し、政府はそれをモニタリングすることで、当該事業の社会的な有用性や弊害を見極め、問題がなければ規制を見直しする等して、本格的な事業展開を認めるという仕組みです。アイデアの幅が広がり、実現の為の時間が省けます。

筆者はRSを知りませんでした。その存在を知ったのは、昨年8月に三菱東京UFJ銀行が日立グループと共同で、シンガポールのRSを利用した小切手電子化ブロックチェーンの実証実験を発表した時です。シンガポール政府が、スマート金融センターを目指して、FinTech普及の為の助成、インフラ整備、国外FinTech企業の誘致を積極的に進めているとは聞いていましたが、RSを採用していることは、両社の共同実験が報道された時でした。

昨年春からは、英国のFCAが積極的にこの制度を活用して、18件の実験(申請は69件)が政府に承認され、業者登録なしで実験事業を始めたそうです。それもベンチャーだけではなく、HSBCやロイズなどもスマホアプリなどのサービス実験が認められたとの報道がありました。更に、10月には、米国通貨監督庁が、「責任あるイノベーション」を掲げて、RSを導入し、特別国法銀行免許をFinTech企業向けに導入する方針を明らかにしました。

先行する各国は、無暗に規制を緩和しようとする訳ではなく、ガイドライン等のグレー部分に係わる新サービスの試行を、社会的有用性等から許可して、その実験結果を検証した上で本格展開を認めたり、規制を再整理しようとしており、日経記事の表現のような勝手自由を意味するものではありません。日本では、金融庁が一昨年12月にFintechサポートデスクを設置し、昨年6月末までに91件の相談を受けています。このサポートデスクはRSの仕組みの一部をなす機能を持っています。多様な質問者から新サービスに関するアイデアが業法等に抵触するか否かといった質問を受けています。筆者の知り合いにも、いくつか相談した企業があり、懇切な対応を受けたと喜んでいました。

海外でのRS事例が紹介されるに従って、日本でも様々な場でRSの導入が提言されるようになりました。9月の経産省主催のFinTech検討会合では、規制の例外を認める実地テストの必要性が、多くの委員から提言されています。それより以前、5月開催の金融審議会・フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議でも、RSの有用性が提言されています。しかし、金融庁を含めた金融界では一挙にRS導入という流れになってはいません。それはそうだと思います。欧米の規制は基本的にやってはいけないことを並べるネガティブ・リスト方式ですので、規制のグレー部分が広い。日本は逆で、やるべきことを並べるポジティブ・リスト方式でグレー部分が狭い。加えて、具体的な新サービス・アイデアが全く見えない状況で、規制の対象外にしますから、どうぞ、お客を巻き込んで実験してみて下さいとは言えません。

現在、Fintech企業などから出される規制緩和要望の代表は、犯収法の本人確認義務です。確かに、これは、新規事業を立ち上げる際に、重大な支障となっています。口座開設時にまず、犯収法の本人確認、ついでマイナンバー登録。気がつくと、ネット経由で口座開設予約した人の半分近くが消えてしまう。とはいえ、金融庁が勝手に特区のようなものを創って、本人確認義務を緩和したり無視したりできません。他の法制度との関連もありますが、マネロン対策としての本人確認は国際規約でもあります。

日経記事では、政府がRSを導入すると書いてありますが、政府とはどの省のことなのか。日本版RS制度は、未来投資会議と産構審で検討するとあります。前者は内閣府所管で後者は経産省所管です。内閣府で本件に係わるのは、経産省からの出向者だとすれば、この記事の出所は経産省か。そして、その狙いは何か。同省としては、FinTechは経済活動全体に影響する流れであり、RSは金融以外でも活用できそうな仕掛けです。欲しいという気持ちは判りますが、来年の通常国会に法案を提出するなどというような単純な話でないでしょう。

もし、国としてRSが整備されるようであれば、金融機関は活用を図るべきです。これまで、規制を理由に前例踏襲ばかりだった業界ですが、まずは規制を忘れて、市場や顧客に価値あるサービスを考えるトレーニングの場になります。サンドボックスという実験の場は、テクノロジーを座学や真似ではなく、自分の頭と体で経験する場となります。

                                      (平成29年1月13日 島田 直貴)