銀行のIT会社への大口出資

ニッキンの平成28年6月10日付記事です。銀行法改正が国会で可決され、来年6月までに施行されることになりました。銀行はIT企業やEC企業株式の5%を越えて保有することができるようになります。とはいえ、銀行が勝手には決められません。金融庁の個別認可が必要です。その認可条件も明示されていません。銀行の本業との親近性、健全性、優越的地位の乱用等の兼ね合いで、金融庁が判断します。可能な出資条件のホワイトリストもブラックリストも出ていません。多分、年内にかけて、もう少し具体的な基準が作成されて年明けにパブコメ、4月から6月にかけて施行となるのでしょう。

ニッキン記事では、金融庁は1年をかけて環境整備を行なうとのことです。例えばFISCの安全対策基準。現在、銀行界はこの基準で縛られていますが、同じ基準をITベンダーに押し付けると、銀行以外の仕事はできなくなる可能性が高い。利便性、スピードを落として、コストが大幅増になるからです。ましてや、フィンテック・ベンチャーは、それらが売りですから、FISC基準は彼等にビジネスを止めろと言うに等しい。そこで、FISCを中心に金融機関やフィンテック企業が集まって、銀行の連結対象IT企業向けの基準見直しをするとのことです。そうした方が良いのは確かですが、果たして、銀行とIT企業の双方に都合がよく、利用者保護とセキュリティを確保できる基準が見つかるでしょうか。妥協は、その会社の長所を消すことにならないか。

金融機関と話をしていると、IT企業やEC事業者株式の35%や51%を出資するとして、どんな会社が考えられるだろうかとなります。筆者は「EC事業ならアマゾンか楽天くらいでなくては、意味がないでしょうね。今更、小さなところを買って、大きくしようとしたって、どうやって、大手に勝つのか。品揃えもデリバリーも全く歯が立たんでしょう。」と言います。ただ、地域金融機関の場合は、「地域特化型のECサイトを創って、それをアマゾンや楽天と提携させる方法はありますね。そこに地域決済を組み込めれば良いですね。」と付け加えます。

IT企業ですが、そんな魅力のある会社があるのかが根本問題です。仮に銀行が欲しい分野の技術力があるとして、そこに銀行が役員を送り込んだらどうなるか。拒否権を持つ大株主です。90年代後半に証券界やノンバンク業界が苦境に陥った時です。メインバンクが中堅証券や大手ノンバンクに軒並み役員を送り込みました。会長や社長などです。苦境を何とかしようと生え抜きの中堅幹部が再生策や営業推進策を必死に考えて上申しても、片っ端から拒絶されました。そして、会社を去る人が大勢いました。皆さん、金融以外の業界に移ったのです。こうした状況をまざまざと見た経験からすると、銀行員でIT企業の経営に貢献できる人材がどれほどいるのか大きな疑問です。IT企業社員からすると、放っといてくれが本音でしょう。しかし、銀行としてはそうはいきません。銀行グループ企業に妙なことをやられる訳にはいきません。

ところで、銀行に必要なフィンテック関連技術は何でしょう。モバイル、クラウド、ディープラーニング、VR/AR、ビッグデータ、IoT、ロボット/エージェント、セキュリティなどが考えられます。勘定系を外出しして内製力を失った銀行には、第二基幹系や情報系を任せられるIT企業を確保すべきだと、いつも言います。しかし、適当な規模と技術力の会社がありません。結局は今から時間をかけて育てるしかない。果たして銀行にIT企業が育てられるのか。少し大きな会社となると数十億円のM&Aでは済みません。数百億円か、米銀大手みたいに10億ドル単位の投資ができるのか。できたとして、買収の目的である技術者は残ってくれるのか。結局は、数十万、数百万の顧客を抱えたネット企業に出資して、その顧客ベースを買うことが銀行側の目的となるのでしょう。とすれば自ずと買収対象企業は絞られます。

今度の銀行法改正を受けて金融界やそれを取材するメディアには、出資される側のIT企業の都合を考える様子は皆無です。妙な話です。米国のベンチャーは創業時からIPOか売却を前提に経営計画を立てます。高く売って、その資金で創業者はまた、別の会社を創る。それが当たりまえです。日本のベンチャーはどうでしょう。IPOを狙ってはいますが、売り抜くつもりという創業者を見たことがありません。銀行の関連会社になると、会社紹介にXX銀行グループを書けますが、それが嬉しいと思う創業者や社員の会社に、ベンチャーとしての気概があるのか。彼らの本音は、5%くらいの出資にしてくれ。仕事を廻してくれれば、その分はきちんと仕事するから。その時は、銀行の営業力で質の良いお客を紹介して。やたら抱え込もうとしないで。いろいろとチャレンジすることが成長する為に大切なのだから。閉じ込められたら、あっという間に技術力がなくなってしまう。

こう考えると、銀行がIT企業を買って成功するケースは限られそうです。むしろ逆で、IT企業が銀行を経営する方が、成功確率が高そうだ。そういえば、大手一般事業会社でフィンテック専門子会社設立を検討しているところが数社あります。彼らが参入したらどういうことになるのか。10年程前の新銀行ブームとは全く異なる様相になりそうです。顧客ベースを拡大しながら、フルバンク化を図るでしょう。フィンテック2.0化です。金融審議会ではフィンテックの普及を見越して、銀行代理店制度の見直しも検討するそうです。良いところに目をつけています。

結論めいたことをいうと、無暗に大口出資するよりも、資本と業務を合わせた包括提携する方が無難な方法に思えます。M&Aはその後です。とすれば、1年後の改正法施行まで待つ必要はありません。フィンテックの長所は顧客目線、スピード、使い易さ、低コスト、無料サービスです。要は、こうした特性を銀行業務のどこに組み込むのか、サービス・デザイン力が求められることになります。面白い時代です。マスコミが期待する体力勝負の業界再編成ではなく、知恵とスピードの勝負です。だから、メガバンクが急いでいるのでしょう。

                            (平成28年6月14日 島田 直貴)