常陽銀とTKCがFinTechサービスの共同研究

日経新聞の平成28年4月20日付記事です。常陽銀とTKCがTKC全国会参加会計事務所の顧問先企業を対象に、決算資料や最新の業績などを常陽銀と共有して、銀行融資の手続き簡素化や経営コンサルなどに役立てる仕組みを共同開発するという内容です。

4月29日付のニッキンでは、もう少し詳細な共同研究内容に加えて、西部信金もTKCとの共同研究を行なうと報道していました。こちらは、TKC財務会計システムに6月から追加予定の銀行信販データ受信機能を活用するということです。

常陽銀は、4月20日に同行Webサイトでこの提携についてニュースリリースしています。共同研究の内容は、1.企業の了解を前提にTKC会計事務所が巡回監査と月次決算終了した時点で、銀行にモニタリング用月次試算表データ等を提供する。2.同意した企業の最新業績をTKC会計事務所経由で銀行が閲覧できるサービスの二つです。これらを受けて、常陽銀は、融資申込みの手続き簡素化、新しい審査モデルの構築、融資先企業へのコンサルサービスを検討するとあります。

これらの記事を見る限りは、会計ソフト企業と税理士が、常陽銀や西武信金と組んで、FinTechブームに参入するというイメージで終わるところですが、これには、クラウド会計というディストラクター対会計事務所+会計ソフト会社という構図があるようです。数年前に当社の顧問税理士にfreeeの話をしたことがあります。その税理士はfreeeを知りませんでしたが、事務所に戻って試用版を試したそうです。会計事務所が要らなくなりますねと言ったのを覚えています。

そのfreeeも今では60万以上の事業所で使われていると言います。以前は、会計素人でも決算ができるというのが売り文句でしたが、最近は「税理士さんと一緒に使って経理を効率化」と改めています。それにしても、激しい勢いで利用者を増やしたものです。一番、ダメージを受けたのが弥生など会計ソフト会社だったようです。そのfreeeを強力に斡旋しているのが石川県の北国銀行で、支店長や営業マンが取引先を訪問してはfreeeを奨め、実際に数社が会計ソフトを変更した上に会計事務所との契約を解約したそうです。石川県内の税理士達は騒然となったそうです。地銀としては、地元の税理士を敵に廻すのは辛いですし、TKCは全国1万900人の登録税理士を組織化する巨大な勢力です。しかし、最近の北国銀行は他地銀が真似できないイノベーション先進行です。

弥生など以前からある会計ソフト会社もクラウド・サービスを提供しだしましたが、やはり、税務会計原則を第一とする設計なので、会計素人には使い憎い。freeeの成功にFinTech代表的企業であるマネーフォワードが乗ってきました。MFクラウド会計です。お得意のアグリゲーション技術を使って、預金口座やカードの利用明細をネット経由で収集して自動仕訳します。確定申告書も作ってしまう。それで、月額800円。既存の会計ソフトや会計事務所が立ちゆく筈がありません。そのMF社に銀行9行が出資して、共同でFinTech融資を展開するというニュースが流れました。

それは、TKCを含む会計ソフト会社や会計事務所には衝撃だったでしょう。彼らが北国銀行と同じような展開をしたら、料金水準が破壊され全面戦争になると思ったのでしょう。そこでTKCも対抗策を打ち出してきたようです。TKCのクラウド会計に対する主張は以下のようなことです。

・自動仕訳といっても、最初はユーザーが仕訳ルールを設定しなくてはならない。それを間違うと、気付いた時には取り返しがつかなくなる。

・アグリゲーションで取り込んだ際の元データはどこにも保存しないクラウド会計がある。つまり、PLやBSから仕訳データに遡ることができない。トレーサビリティに致命的欠陥。

・預金口座経由の仕訳データは全体の40%程度であり、他は従来通りの手入力で残る。

・発生主義会計のクレジットカード等の未払金消込み仕訳は自動化が難しく、システム任せにしておくと、期末に膨大な仕訳不能データが積み上がる可能性。これは税理士でも手に負えない。

・消費税の本則課税事業者(課税売上5千万円超)の仕入れ税額控除の記帳要件に対応できない。

等々で、正規の簿記原則から大きく外れている。こうした会計処理を銀行が取引先に奨めるということが理解できない。金融庁の提案する事業性融資やFinTech推進を誤って解釈しているのではないかというのです。

どれも正しい。筆者もクラウド会計を使用していますが、資金の出入りと紐づいた原資伝票があり、それに基づく経理処理と決算、税務処理でなければ、縦横斜めのトレーサビリティが確保できず、結局はコストと時間が無駄となることくらいは理解しています。また、それ程の純ナマ情報を他人にインターネット経由で見せるほど、おおらかでもありません。

TKCの飯塚会長は銀行がクラウド会計を斡旋するのは、独禁法の優越的地位の乱用に相当するのではないかとまで言いますが、それは少々飛躍にすぎます。筆者は、会計処理方法に対する国税当局の評価が気になります。事業所得の申告書には使用する会計ソフト記入欄があります。そこに、クラウド会計を記入したら優先的に税務調査に入られるのは困ります。その前に、国税と金融庁とで調整してもらいたいものです。

メガバンクの方々に「クラウド会計のデータを見られたら、融資の判断に役立ちますか?」と聞くと、「それは役に立つが、それだけで判断することはない。我々は、対象企業の全てを見て総合的に判断します。」と答えます。3メガともにそうです。誠にご尤もで、それが面倒だとか、役所的だというのであれば、それまで。そういう企業は、それでも貸してくれる銀行なり、ノンバンクを捜せば良い。FinTech企業の側も、既存のルールにはそれなりの必要と経緯があることを承知した上でイノベーションを追求すべきです。単純でないと時間がかかって、マスコミも乗ってこないのは判りますが、余り、安易にすぎると、とんでもないことになります。ある代表的FinTech企業の提携先は、いわゆるエスタブリシュメントと言われるような古い企業が多い。以前から何故かと思っていたのですが、理由が判って来たような気がします。単にディストラクトするのではなく、残すべきものを見極める為に、しっかりした企業と組む必要を理解しているのでしょう。

                             (平成28年5月12日 島田直貴)