個人情報の越境規制とTPP


日経新聞の平成28年4月15日付け記事です。欧州議会が個人データ保護を大幅に強化する規則を可決したそうです。2年後に施行され、違反した場合には多額の制裁金が課されることになります。個人データを扱う企業はEUの外に個人情報を持ち出すことが厳しく規制されます。対象はEUに拠点のある企業だけでなく、データ処理施設を持つだけの事業者、EU国民に商品やサービスを販売する域外の企業などです。つまり、日本企業もネット通販などでEU国民から入手した氏名、属性情報、取引情報、クレジットカード情報、写真などを、日本の拠点で閲覧することができなくなります。

個人主義の徹底した欧州、特にフランスは、昔から個人情報が国境を越えることを極端に嫌っていました。今ほどネットワーク化が進んでいなかった1980年代前半でも、TDF(Trans−Border Data Flow)規制を行っていました。当然、個人情報をうまく使えば、企業経営の効率化だけでなく、消費者の利便性やより良い商品・サービスが提供されるとの意見もありますが、それならばフランス国内で個人情報を分析すれば良い、国外に持ち出す理由にならないという考えが主流でした。今回、EUが一般データ保護規則を制定したのは、デジタルネットワークがくまなく普及し、そのネットワークを抑えた者は、広範、かつ、膨大なデータを入手して経済活動だけでなく、政治的にも文化的にも軍事的にも大きな影響力を持つに至ったからでしょう。

日本でも、2、3年前から国益としての個人情報保護を議論する動きが出ています。特に、自民党議員にこの傾向が見られます。野党系の議員は、国が個人情報に少しでも関係する制度を作ることは議論すら許さないという信念があるようです。我々は、意識せずにクッキー情報の保存をPCに設定していますが、その情報はブラウザ・ベンダーに転送され、蓄積されています。Googleであれば、米国などのDCに保存しているのでしょう。そのブラウザ上でネットショッピングをしますが、その時に、何を買ったか、どんな画面遷移を行ったか等、発注に至る操作記録も取引情報としてEC業者に残ります。それはアマゾンでしょうか。更に、支払いにはカードを使いますが、その決済情報はVisaなど大手のカード会社が集めます。この検索情報、取引情報、決済情報を筆者は経済源流データと呼んでいますが、今は、これら源流データのグローバル規模での争奪戦真最中です。大半の日本企業には世界戦略などハナから頭にありませんが、欧米や新興国の企業は、スタートアップでも最初からグローバル化前提のビジネス戦略を展開します。

今回のEU新規則は、筆者には不公平に見えます。域外に持ち出すことを原則禁止していながら、域外から持ち込むことを規制しないからです。自分達は個人情報の悪用や誤用はしないと思っているのでしょう。では域外の誰を懸念しているのでしょう。経済源流データの覇権を握りつつある米国でしょうか、中国などの新興国でしょうか?それともEU離脱論の高まっている英国でしょうか?

以前から気になっていた報道があります。日経コンピュータの平成28年3月17日号の記事です。政府が国会承認を求めているTPP協定の第14章がTDFの原則自由を規定しているというのです。その結果、日本は国民の医療データを国内DCに保管しろと言えなくなるかもしれないという内容でした。金融機関がクラウドを利用する際に、機密性の高い情報を扱うようなコア業務の場合は、データの保管場所や再委託業者を特定するなどして厳密な管理下におき、インシデント等が起きた場合は、規制当局による立ち入り検査を認めるよう契約書に明記することが必要とされています。米系大手クラウドベンダーは、こうした制約に社会的合理性があると考え、日本国内にデータを設置していますが、将来、どんな米系企業が出てきて、日本はTPP違反だと米政府に言わせるかもしれません。もっとも、金融庁がこうした縛りを外したとしても、金融機関が顧客保護ルールの趣旨に沿った判断をすれば良いだけですが。それにしても、米政府はEUに対してはTDF規制を認めておきながら、TPPではTDF自由化を盛り込むというダブルスタンダードをやっています。日本政府がそれを知らない筈がないのですが、どうして容認するのか理解ができない。

内閣府が公開するTPP条文を見てみました。第14章.電子商取引章です。皆さんも、是非、ご自分で確かめてみてください。デジタル・プロダクトという概念に関する関税、無差別待遇、電子取引の枠組み、認証、消費者保護、個人情報保護、TDF、コンピュータ関連設備等に関する規約がならんでいます。安心するのは、TDFに関する11条には、正当な公共政策の目的を達成するため、TDF自由原則に適合しない措置の採用、維持を妨げないとあることです。後日、揉めるとすれば、「正当な公共政策」の定義でしょうが、それは平等主義が解決するでしょう。むしろ国内の議論迷走が心配です。我が国の個人情報保護、プライバシー保護の中心的役割を担う学者の間では、フランス流TDF規制支持者が大半です。TPP国会承認を急ぐ政府とTDF規制派が議論して結論がまとまればよいのですが、混乱が引き起こされないか、それにグローバル企業排他を目指す勢力が合流しないか。

我々には、海外の多様な考えや動きに関する情報がもっともっと必要だと思います。観光客のインバウンドは増えていますが、情報のインバウンドは減少一途です。多国籍IT企業の日本法人ですら、グローバル市場でのシェア激減の結果、本社からジャパン・パッシングを受けているように見えます。企業も個人も、自力で海外情報を集めて交流する仕組みが必要だと痛感しています。メディアだけでカバーできる範囲と規模ではなくなりました。

                             (平成28年4月25日 島田 直貴)