アルファ碁がイ・セドル九段を破る


平成28年3月9日にソウルのホテルで始まったグーグルAIと世界トップクラス・プロ碁士の5局勝負でアルファ碁が初戦を制したニュースが駆け巡りました。13日の第4戦でイ碁士が1勝しましたが、既にアルファ碁の勝ち越しが決まっています。昨年12月にアルファ碁は欧州チャンピオンを破って世界を驚かせましたが、今回は世界チャンピオン数回のトップ中のトップ碁士で、流石に勝てないだろうとの予想が多かったのですが。

お陰でディープラーニングへの関心が高まり、判り易い説明が方々でなされています。NHKなどもオックスフォードのオズボーン准教授達の研究結果を参照して、職業のXX%がAIやロボットに置き換えられる可能性があると解説していました。一方でこうした技術のお陰で人間はより創造的な仕事に集中でき、人類の進歩に繋がるとの識者意見も紹介されていましたが。何よりも、AIに関心を抱いて、この分野に進もうとする若者や、事業化を志すベンチャーが増えることは良いことです。

アルファ碁が昨年12月から今回の対局までの3ヶ月間で示した進歩は凄いものです。日本でもプロの碁士達が中継を評論していますが、この3カ月でプロ碁士でも数年を要する経験則を備えたと言います。動機づけしたアルファ碁同士で練習試合をさせた成果だと思われています。人間よりも遥かに速いスピードで疲れを知らずに学習する、それも勝つという目標に向けて。勝つ為に役立つ情報を拾い集めるのですから、凄いとしか言いようがありません。他社より先に、ビジネスの武器にできれば、先行者メリットは測りきれません。

機械学習の性能は、学習能力と学習機会で大きく左右されます。特に学習機会が重要です。それは、練習問題の量と質(経験)で決まります。学習能力は学習エンジンの性能次第でしょう。メディアの説明などでは、深層学習、ディープラーニングという技術を使って云々とされ、それらは同じ技術と思われがちですが、原理は同じでも使用するアルゴリズムやテクニックは千差万別です。その技術でグーグルは凄いのです。

ディープラーニングの原型はニューラル・コンピューディングですから、その実用研究の歴史は30年以上です。ハードの処理速度が進歩したから、こういうことが出来るようになったという単純な話ではありません。わが国でもニューラルを研究する人は少なくありません。中堅規模以上のIT企業なら、どこも研究チームを持っているでしょう。5、6年前はベイジアン・ネットワークというアルゴリズムが注目され多くの研究者が手がけました。しかし、マシンのスピードが追いつかず、皆さんあきらめてしまった。グーグルは自分でサーバーを設計して、EMSに製造させます。能力があるというだけでなく、障害を乗り越えるパワーがあるというのが、日本企業と違う点かもしれない。

更に、グーグルは得意の画像認識技術を使って、様々な碁譜や相手のパターンを大量に入力することができます。それに動機づけアルゴリズムを加えて、余計な計算作業を省略する。その3カ月間のチューンアップで、プロ碁士でいえば4段から9段に昇段したということになります。

第4戦でイ・プロは、通常とは異なる手を続けて打ったそうです。奇手ではないのですが。途端にアルファ碁はペースを乱して、自滅してしまったというのです。マシンの弱みです。イ・プロはそれを見越していたのでしょう。その意味でイさんの学習能力や戦略的思考力も凄いということです。しかし、グーグルは、その弱みすらも改良するでしょう。どんな事態にも冷静に判断するマシンができるかもしれない。

ところで、AIと称される分野は、グーグルとIBMの二人勝ちです。しかし、両社ともAIとは言いません。極端に避けています。大変な拘りです。知能ではないということなのでしょう。あくまでも人間の知的作業を支援するツールとしています。そのことには、日本のメディアやIT企業、そして学者達はもう少し、心すべきかも知れません。

ニューラル・コンピューティングの最大の欠陥は、説明性の欠如です。与信判断などでも使われる技術ですが、融資申込みを銀行が拒絶した時、申込者に何と説明するのか。「すみません。AIが駄目だと言っているもので。」と銀行員が言った途端に、その銀行の評判は地に落ちるでしょう。というか、炎上するでしょう。こうした欠陥をメディアは報じません。そして大半の人が知らない。ですからいまだにAIで審査すれば良いではないかという頭取がいる。

IBMワトソン最大の適用分野は、現在は医療と法律です。医療では、著名な医師よりも正確な診断を下すそうです。しかし、判断に到る過程を保存して、人間の医師が理由を確認できるようにしているのだそうです。その技術はディープラーニングではありません。在来のログ分析です。フォレンジック技術という人もいます。裁判等では、担当の裁判官と相手側弁護人の過去の論法を参照しつつ最適な法廷戦術を提示しますが、法律のプロが納得する説明性がなければ、誰も採用しません。再現性の確認ができないとすれば、判断の安定性、継続性を維持することもできない。

要は、関連するソリューションがあっての実用化ということです。わが国の政府や企業、大学が余り力を入れないところなのが気になります。

                (平成28年3月14日 島田 直貴)