マイナス金利とシステム対応


平成28年2月16日、日銀は市中銀行に対する当座預金のマイナス金利適用を開始しました。現在日銀当座勘定には250兆円の残高があり、その一部にマイナス0.1%が適用されることになります。同日の10年物国債利回りは0.040%でした。銀行としては日銀に預けるより国債を買った方が0.14%マシという本来の姿?になります。

この政策発表の時、筆者が感じたのは「おう、ヨーロッパ並みの機動的な金融政策をやるんだ。ところで、勘定系の預金金利にマイナスは配慮されていたっけ?」程度のことでした。ところが、日銀当座預金からマイナス金利が伝播する金融商品が複雑に絡んでいるのだそうです。銀行が日銀当座勘定に円を預けるのは余った資金だけではありません。為替や国債を売買するときの証拠金という意味も大きい。ですから、マイナス金利適用資金と係わる取引の金利をマイナスにするか、それとも、手数料を取るかという課題が出てきます。それが無理なら販売を停止するとか。

新聞では、企業向け融資や住宅ローンの金利が下がる程度しか書いてありませんが、債券や為替などの大口取引の場合、マイナス金利や口座維持手数料が発生する可能性が出てきます。問題は、そうした事態を想定していない設計のシステムがどのくらいあるかということです。意外と多いようだというのが、今現在、聞き及んでいる情報です。

1月29日の発表から約2週間が経ちましたが、この間、金融関連ソフトパッケージやASP受託などのIT企業は、大変な騒ぎだそうです。顧客である銀行から、お宅のパッケージは大丈夫だろうね?という質問への回答です。多くは、そんな金利は想定していませんから、緊急で手直しするとともに、関連業務システムへの影響を把握する必要があります。それが同じベンダーなら幸いですが。銀行は銀行で、日銀当座勘定のマイナス金利が自行の様々な取引にどのように伝播する可能性があるか検証します。銀行の政策判断次第という側面もありますが、影響範囲は広範にわたる模様です。日銀はもっと簡単に考えていたようですが、想定以上の影響の大きさに、銀行等との会合の席ではとても小さくなっています。

それでも、銀行やITベンダーから悲鳴のような声は聞こえてきません。当面は該当取引が少なく、手作業でもカバーできる可能性があるからのようです。むしろ焦ってシステムを手直しして、トラブルの原因になることの方がリスクの高いでしょう。顧客向け預金金利がマイナスになることは、欧州の事例を見ても極めて稀ですし。ただ、ゼロ金利は大いにあり得る。金利ゼロとして関連プログラムは正常に作動するか確認しておいた方が良い銀行もあるでしょう。

それにしても金融機関には様々なシステムがあります。大手銀行ともなると、1千前後のシステムがあります。地域金融機関でも2、300といったところが大半です。それぞれが、様々なベンダーが開発したパッケージを使っています。金融庁の指導もあって、殆どのシステムがバックアップとBCPで3重化されています。本番機はLAN経由でデータの受け渡し等ができるようになっています。IT部門としては、経営陣からウチは対応できるのか?と問われて、ベンダーに確認しますとしか答えられない。経営陣からすると、2週間たっても確実な回答がこないので、こんなITガバナンスで大丈夫なのかと心配になる。しかし、そうしたのは経営陣なので、口に出して文句も言えない。

本丸の勘定系ですが、30数年前に現在の勘定系の基本設計が行なわれました。当時のプライムレートは、確か6とか7%台で、住宅ローン金利が20年返済で9%台でした。日銀当座がマイナスになることなど全く想定していません。ある都銀が金利テーブルをつくる時に、預金と融資で共用できるように設計して話題を集めました。貸出は負の預金だと考えれば良いというのがその銀行の設計方針でした。ただ、他行に同じ設計が広がったとは聞いていませんし、その都銀のシステムもいまでは消滅しています。ただ、その流れを組んだメガバンクの勘定系ではマイナス金利対応が容易だということで、他のメガバンクから羨ましがられているとか。

マス顧客を対象にマイナス金利が適用されることは当面はないと思ってよいでしょうが、一部メガバンクは、ボツボツ検討しておく必要があると言っているそうです。平成28年2月17日付の日経では、さりげなく「マイナス金利対応にはシステムの全面刷新が必要。地銀では50億〜100億円が必要となる。」と書いています。前提条件もなしに随分と思いきったことを書くものだと驚きます。後に訂正しないのなら、もっとしっかりと裏取り取材をすべきですし、それも省くのなら記名記事にすべきなのですが。

コードとテーブルは、システム設計上極めて重要ですし、構築後にそれを変更するのは大変な作業が必要となります。もっとも最近はリバースエンジニアリングを使った可視化ツールが普及しています。手遅れにならないうちに、どこを変更したら、影響がどこに波及するかくらいは抑えておいた方が良いでしょう。ちなみに、欧米製の業務パッケージはマイナス金利対応となっているのか聞いてみました。欧州系には想定しているパッケージがありますが、米系を含めて大半はやはり想定外のようです。日本だけが想定範囲が狭かったわけではないと、内心ホットとしました。

最近、普及しつつあるBPMツールでは、金利テーブルの変更は極めて容易です。ビジネス・ルールの変更をプロセスにそのまま展開できる仕組みだからです。ディープラーニングと違って、ビジネス・ルールのどこを変えたら、プロセスのどれとどれに影響があり、それらがこう変ったと説明も出てきます。即座にテストも可能です。わが国では金融ITイノベーションというと、とかく、インターネットとデバイス、ハードばかりに目を向けます。IT投資の7〜8割を占めるソフトとプログラムの開発・保守サービス、それらが、今回のマイナス金利のような突発的案件にも簡単に影響を把握したり、変更できることが必要です。日経記事のように、突発案件の都度、システム刷新やっておったら、銀行業は成り立ちません。

                           (平成28年2月17日 島田 直貴)