労働人口の49%が ITで代替可能 (NRIが試算)


野村総研(NRI)が、平成27年12月2日に公表した調査結果が注目を集めています。国内601職種について、人口知能やロボットで代替される確率を試算したところ、10〜20年後に日本の労働人口の約49%が就いている職業において66%以上の高い確率が算出されたというのです。NRIは、この数字が、即座に失業に繋がるものではなく、社会環境要因を考慮したものでもないと注記しています。

しかし、メディアはそういう書き方はしません。いかにも、十数年後には、半分近い人々がITによって職を失うという印象を持たすように報道します。丁度、ロボットやAIブームなので、この調査は活発な議論を呼んでいます。居酒屋などでも、お前は十年後には失業しているなどといった会話が出ています。NRIのニュースリリースでは、確率の高い100職種と低い100種を50音順で抽出しています。高い職種には、銀行窓口係、貸付係事務員、電気通信技術者、データ入力係、電子計算機保守員などが含まれています。低い職種には、金融関連職種やICT関連職種は含まれていません。

この調査は、オックスフォードのオズボーン准教授、フレイ博士との共同研究で、両氏が2013年に発表した“The Future of Employment”で使った分析手法をそのまま採用しているそうです。この研究結果も世界中で注目され、日本でもオックスフォードの「消える職業」としてしばしば参照されます。その時も、調査手法や前提条件など一切の説明はなく、ただ、消える職業、なくなる仕事として、人々を一定の方向に向かわせる道具として使われています。オズボーン氏は、「人間の作業は、機械によって置き換えられてきたが、それによって余った時間は、より高次元でクリエイティブなことにシフトしてきた。新しいスキルや知性を磨くことで、より輝かしいクリエイティブ・エコノミーが切り開ける。人類の歴史はそのように流れており、歓迎すべきことだ。」と語っているそうです。筆者もそう思います。

オズボーン氏達の2013年発表の調査概要は次のようなことです。米国労働省のデータを使って702職種を選び、その仕事の中味を分析して10年内にITによって置き変えられる可能性のある作業を抽出します。その可能性は、当該作業に必要なスキルを調べ上げ、ITでどの程度自動化できるかで判断します。その際に、IT化の障壁となる仕事の特性9つ(交渉力、説得力、芸術性、手先の器用さなど)を考慮します。結果として米国の総雇用者の約47%の仕事は自動化されるリスクが高いと出ました。代替確率90%以上の職種には、銀行の融資担当者、保険の審査担当者、クレジットカード申込み審査担当者、金融機関のクレジットアナリストなどが含まれています。

技術の進歩は、ルーチン化できないと思われていた仕事をルーチン化できるようにしています。ディープラーニングによる認識技術や自動応答技術、センサー技術などが進化すると、人間が行なっていた判断作業のかなりの部分がITに置き換わります。マッキンゼーは、世界1億4千万のフルタイム知識労働者の仕事を置き換える可能性があるとしています。単純労働だけでなく、ルーチン化できるような知的労働も代替対象ということです。南北問題は更に深刻化するでしょう。

NRI調査で代替可能性の低い職種には、金融関連でエコノミスト、経営コンサルタントがある程度です。他の職種では医師、教員、音楽家、俳優、アナウンサー、記者などが並びます。面白いところでは、はり・きゅう師、マンガ家、料理研究家、レストラン支配人などがあります。評論家やスタイリストなどというのも意味深で面白い。人間は機械の評価よりも他人の評価を気にし続けるのでしょうか?

NRIは何故、こんな調査をしたのでしょうか?同社には未来創発センターという部署があり、社会とITの将来動向を調査研究しています。その一環として「2030年から日本を考える、今から2030年の日本に備える」というテーマの研究活動があり、オズボーン氏の調査を日本のデータでやってみようと思ったのでしょう。わが国初のシンクタンクとして意味のある調査だと思います。ただ、この仕事はなくなるとか、残るとか言って興味本位の議論ではなく、個々人、行政が今後の人材に求められるスキルや仕事をよく考えて、自己研鑽、制度設計に努めることを求めているのだろうと思います。

この問題は、今に始まったものではありません。AIが更に進化すれば人間を越えるものとなり人間を支配する可能性があるといった議論もあります。40年程前に、筆者が担当していたある銀行のシステム部次長が、「こんなに自動化してしまったら、人間の仕事がなくなってしまう。君はどう思うか?」と聞いてきました。質問の意図が判らなかったのですが、「コンピュータでできないことはたくさんあります。その方が付加価値も高いでしょう。ですから、行員をその分野にシフトすれば良いだけで、それに合わせた教育制度やインセンティブが必要だと思います。そうすれば、行員、銀行だけでなく、顧客にも株主にも良い結果が出る筈です。」と答えたのですが、自分でも、ありきたりの回答で質問者の琴線には触れていないと長い間、気になっていました。数年後、気付いたのが、「何が人間がやった方が良く、それまでどの位時間があり、必要なスキルを身につけるには、何をいつまでになすべきかを自分の中で見極めることが必要。」ということです。

NRIのレポートを見て思ったのは、「若い人達に、ITで代替される可能性が低い職業を選ぶのも良いが、チャレンジするのであれば、代替可能性の高い職種を選ぶか新しい仕事を創るのも面白いよと言おう。」です。皆が医者や教師になったら、誰が病人や生徒になるのかという問題もでるからです。供給の少ない方が喜ばれますし。供給をインバンドでカバーしようとするのは、単純にすぎるか?

そもそも、オズボーン氏の調査作業そのものも、ITで代替可能です。データソースは公開されていますから、1年もかかる仕事ではありません。要は、気付きやアイディアですし、パターン化させないことです。AI用語でいえば、特徴量の問題かもしれません。

これら調査結果から得られる最大の朗報は、労働人口の約半分がITで置き変えられるのであれば、少子化の問題が、大幅に改善できる。その人達を人間でしかできない仕事にシフトさせれば良いだけで、それが実現すると1人当たり生産性は倍増する筈です。更に、高齢者など肉体的にハンディのある人でも活躍できる場が広がります。こう考えると、ICT産業政策は、IT企業保護主義からIT利用者中心に変えるべきで、ICT産業の所管を現在の経産省や総務省から外さないと、何ともならんことに気付きます。

                               (平成27年12月4日 島田 直貴)