システム統合(三井住友が勘定系システムの統合完了)

三井住友銀行は、7月22日に勘定系の統合を完了したことを発表しました。全国紙は小さな記事で紹介するか、何にも触れないところばかりでした。業界専門紙のニッキンのみが、大きな紙面をさきました。同行はマスコミの期待を裏切ったということでしょう。関係筋の間では、仮にトラブルがあっても“みずほ”のようなことにはならないと考えていたのですが、マスコミの一部にはトラブルを期待する雰囲気がありました。みずほ障害の時には、「大手行のシステム統合計画が続くが、大丈夫なのか」と書いて社会の不安を煽っておきながら、成功した時のフオローは殆どないという我が国マスコミの姿勢は責められるべきだと思います。

同行の開発と移行の手法は、常道に従っていたのみでなく、プロジェクトそのものが整然と進められていたのです。裏では関係者が胃を痛くするようなことが数々あったでしょうが、成功裏に完了したことを祝福したいものです。

旧住友銀行のオンラインは都銀の中では最も新しく、ホスト・サーバー・窓口端末の三層にアプリケーションをレイヤー化して搭載していますので、実業務を移行しやすかったのでしょう。データもモデリングされていますので、無用な混乱を最小化できたでしょう。システム・アーキテクチュアの重要性が改めて痛感されます。

旧さくら銀行は、三井と太陽神戸の合併の際に、大規模なシステム統合と移行を経験しています。当時の人材が多く残っていますので、彼等の経験が役立ったことでしょう。旧三井は顧客向けサービスに関して、とても保守的でした。例えば未記帳データの扱いです。顧客のデータだから勝手にまとめて一括記帳などは出来ないという発想を数十年と続けてきました。その点、旧住友は大変合理的(?)で、取引明細をまとめたり、ATMを廃止したりするのも、殆ど突然に実施します。そして「文句あるか?」という態度です。平和相互を合併した時などは、商品の廃止や営業時間の短縮すら顧客に明確かつ時間の余裕をもった説明がなかったので、怒り心頭に達した記憶があります。このように、基本思想の異なる両行の統合が成功した基本には、同一目標に向かった協力体制が充分に機能したことがあるのでしょう。

昨年4月の合併以来、両行はオンラインをRCで接続していましたので、店舗によって扱えない商品があったり、業務手順も異なっていました。ましてや、情報系は全く異なります。営業活動や業績管理などでは、随分と不都合があったようです。行内の一部には、これではミットモナイという声もありましたが、顧客の側からみると違いは見えませんでした。特に個人客には。ちなみに筆者は両行の古い預金者ですが、特段、旧両行の違いを意識したことはありませんでした。am.pmのコンビニATMも大きな効力を発揮したようですが。法人取引においては、店舗統合の際にクレームが出たようですが、いずれにせよ一度は通過しなくてはならないことでしょう。

今回の統合作業は、新規開発というよりは移行プロジェクトです。実際には新規開発よりは移行の方が、複雑で難しいのです。そのことを理解する経営者やマスコミは殆どいません。どうしてもフロント業務の開発に光があてられます。事務基盤である現物の移管、バッチ処理、その間のシステム運用の複雑化などは経験者でなくては理解できません。それをブロック別に移行するのですから、その間の重複コストもさることながら、移行負荷は回数分だけ重くなります。同行は、3ヶ月で七回に分けて移行しました。関係者の負担は大変なものだったでしょう。大トラブルにならない確信はあっても、不安は残っていた筈です。見えない所でのトラブルもあったでしょう。一回での移行を避けたのは賢明だったでしょう。UFJは一回で成功させましたが、ブロック別移行が今後の大手行の標準となると思います。

旧さくらの勘定系は、世代的には二次オンライン初期のものです。太陽神戸のシステムに片寄せした結果です。さくら銀行は新システムの開発に2回チャレンジしました。マルチベンダーを前提としたシステム体系やプロジェクト体制を前提としたので、業界内での注目を集めたものの、軌道に乗る前にプロジェクトは挫折しました。

旧住友のオンラインは、三次オンライン末期のものです。同行は四次オンラインと称した時もありますが、その定義が確立してないこともあり、業界としての認知には至りませんでした。ただし、アーキテクチャーとしては、東京三菱と並んで整備された体系となっています。マスコミはNEC製コンピューターということに意外性を感じていますが、住友銀行システムの本当の強みはアーキテクチャーにあるのです。それを起案した担当部門もさることながら、戦略的意味を理解して投資した経営陣(大半が引退されましたが)が大切な財産を残したということでしょう。