T+1(米証券業界が翌日決済化を延期)

日本経済新聞(平成14年7月20日号)によれば、米証券業協会は2005年に予定していた決済のT+1化を先送りして、2004年に再検討するということです。この決定で米国証券決済のT+1化は、準備期間を考えれば2007年以降となるでしょう。

券決済のネッテイング化、DVP化とあわせて即時化は理論的には国際的な潮流でした。米国でも、2004年を当初予定していたのですが、昨年の9.11テロの混乱を受けて、一年延期されていました。しかし、現場からは膨大なシステム改造コストや決済コスト削減効果に対する疑問、そしてデフオルト率が制御不能なまでに上がる危険性が指摘されていました。つまり、理論派と実務派に分かれて、業界は必ずしも意思統一できていなかったのが実状です。

日本でも米国に合わせて、2004年か2005年にT+1化を図らざるをえないという考えが政官界の大勢でした。当初は2003年の導入案が有力でしたが、IT費用が膨大になる見込みの大手証券が消極的姿勢を崩さなかったので、米国次第という風潮にありました。実務に携わる人々の間では米国実務派と同様に、あまり意味がない、むしろ混乱のもとになるという意見が多いのは事実です。行政の証券決済改革の要請を受けて、日本証券業協会はアクセンチャに委託してT+1導入時期の検討に入ったばかりでした。9月には結論を出すというのですから、結論は既に出ていて、その理論武装を行なうということなのでしょう。その矢先に米国が延期決定してしまったので、さぞかし困っていることと思われます。仮に、米国の今回決定に関する情報を協会が事前に入手していなかったとすれば寂しい限りです。

一番、困惑しているのはITベンダーでしょう。氷河期の真っ最中にある日本の金融IT市場でT+1が唯一の大型案件でした。既に大規模な先行投資を行なってしまったベンダーも多いのですが、その稼動時期が2年以上先延ばしになるとすれば、業務要件も技術動向も大きく変わってしまうので、これまでの投資の大半は無に帰すでしょう。

ITベンダーにとっての救いは、米国案ではT+1を延期するものの、STP化は進めるということです。投資家(含む機関投資家)、ブローカー、カストデイアン、クリアリングハウス、取引所、ペイメント機関(CSD)など関連するプレーヤー間の情報流と物流をリエンジニアリングすることになります。STP化の効果は大きなものが期待できます。

リテール・ブローカーでは、ペーパーレス化により事務コストが大幅に削減できますし、ホールセール・ブローカーでは、事務効率化のみならず、誤処理の大幅減少が可能となります。そのためには、プレーヤー間でやり取りする情報のタイミング、データ項目、フオーマットの標準化が必要です。加えて、現物証券の電子化、取引ルールや規制の見直しも必要となります。

T+1よりもはるかに経済合理性の高いSTP化なのですが、T+1のような制度案件(制度が変更されることによるIT対応で、経済合理性云々よりも一種の義務としてのIT投資)ではないため、日系証券特にリテール証券では、積極的動きはにぶい状況です。信託銀行や外資を中心とした機関投資家が積極的に導入を図っているだけです。

T+1という営業機会をなくしたITベンダーは、今後はSTP化を標榜することになります。しかし、STP化は一証券が社内的に実現できるものではありませんから、ITベンダーも営業戦略を大幅に変えざるをえません。そして中小証券は、今後の二、三年は大きなIT案件から遠ざかることになります。ホールセールを行なう大手証券中心にSTP化が進み、数年後にT+1化が実施される時には、大手と中小との間では回復不可能なまでにIT格差もビジネス・インフラ格差も開いてしまいます。

改革は、激変緩和を言い訳にして小出しにすると、規模の小さい企業に不利となります。投資が拡散・重複するのみでなく、投資効果も縮小・拡散するからです。規模のデメリットを逆手にとったスピード重視の戦略も展開できません。激変緩和と称した、小出し緩和の結果、多くの中小銀行の体力を消耗させた銀行関連の規制緩和を見れば明らかなことです。証券監督当局や業界団体は、いたずらに変革を遅延させるべきではなく、また、米国の延期を隠れ蓑にすることもなく、日本の証券市場そのものを活性化させる目的を堅持して市場改革を前倒しすべきでしょう。ITベンダーのためではなく、市場プレーヤーのために。