マイナンバー制度と預金口座番号 (全銀協が政府税調に説明)


平成26年3月1付け日経新聞に、次のような記事が小さく掲載されていました。全銀協が政府税調のマイナンバー・税務執行DG(ディスカッション・グループ)第3回会合で、個人預金口座にマイナンバーを付番する考えに対する銀行界の考えを説明した。新規口座開設に個人番号登録を義務付ける場合は、システム投資に250億円、事務コストに50億円の合計300億円のコスト負担が発生する。既存の8億口座に拡大するとすれば、その数倍のコストがかかるとの試算を提示したそうです。

この記事を見た時には、意外と小さなコストだと思いましたが、試算根拠が記載されていなかったので、特段の関心も持たずに忘れていました。ところが、この反響は大きく、金融関連の人達からは、具体的にどんな対応が必要になるのかという質問がきます。銀行以外の人からは、銀行はやりたくないから大きな費用を提示したのではないかとの意見です。中には、全銀協がWebで公表した税調向け資料を見て、銀行はコスト負担の見返りに個人番号の銀行向け開放を狙っているのだろうとの意見もありました。

マイナンバーは、平成28年から制度運用が開始され、金融機関は利息や配当などの支払い調書に個人番号の記載が義務付けられます。平成31年からは個人番号の民間解放の是非や具体的内容について検討されることになっています。現時点では、預金利息の支払い調書提出義務はなく(銀行が支店単位で一括して預金利息に対する納税を行っているため)、証券会社や保険会社の負担増が懸念されています。(逆に言えば、証券、保険は個人番号収集で銀行に大きく先行できます。)しかし、政府や税調関連有識者の間では金融一体課税による金融所得の把握を目指す考えが強く、預金口座と個人番号を付番によって連動できるようにすべきだとの意見があります。今回の全銀協の意見陳述は、この考えに対する業界の意見表明ということです。

筆者のところには、マイナンバー制度と金融機関との関連について寄稿や講演依頼が来ますが、制度の詳細に関する政省令の発表がないので、説明のしようがありません。昨年11月と期待された政省令案は遅れており、1月にパブコメ募集を行った政省令案は、今後検討を予定する項目を簡単に並べただけで、具体的内容は皆無です。こんな調子で、予定通りに開始できるのか、むしろ、政府担当部局に制度そのものを始める気はないのではないかと思うほどです。

こんな状態だからでしょうか、銀行、保険、証券業界の当制度に対する準備は殆ど始まっていません。先日、具体的内容がないとの前提で講演した際にも、講演後の質問や名詞交換でご挨拶した方々は異口同音に「思っていた以上に準備には時間、手間、コストがかかるのが理解できた。でも、それを社内、特に、経営陣に説得できるか難しい。」と言っておられました。猶予期間が設けられる筈ではありますが、最後は、付け焼刃の対応で共通番号法のセキュリティ条項違反で摘発される金融機関が続出しそうだと感じた次第です。

全銀協はかねてより、当制度のフェーズ3(民間開放)において、顧客の住所変更等に個人番号を利用する(銀行の住所検索を認める)、マイポータルによる公的証明書の電子的発行、NISAでの住民票写し提出義務をマイポータルで代替などを求めています。これらは、銀行にとって大きな事務負担軽減となりますが、それ以上に、顧客側の公的書類提出負担が減りますので、個人情報保護さえ確実であれば、反対する人は少ないでしょう。(どんな変更でも、政府や銀行のような権力機関に反対する人はいますが。)

日本の銀行界は、コード体系の変更に本能的に反対する傾向があります。例えば、店頭デリバの報告に関して、各国規制当局がLEI(Legal Entity Identification)を採用する動きになっていますが、全銀協は、メリットが少ない割に金融機関側の負担が大きいとして、対象商品を限定するように求めています。この意見書を読んだ時に、銀行界はいつまで新しい取引先番号に反対し続けられるだろうと思いました。大手商社や小売業などは、多様な商品番号だけでなく、銀行が想像できないほど数多くの顧客・取引先番号体系を持っています。その管理は、自社開発かMDM(マスター・データ管理)パッケージで対応しています。グローバル化の中で、コード体系が複雑化するのが自然です。大昔は、コード体系とファイル体系を変更するには、システムの大幅修正が必要でした。しかし、今ではコード体系もファイル体系も、アプリケーションのビジネス・ロジックからは独立させるのが一般的です。銀行第3次オンラインの古い設計思想では、世の中の変化に対応できないどころか、世の中の足を引っ張ることになります。銀行は、このあたりの変化に気付いていないようです。

個人番号は厳密なセキュリティ管理が法的に義務付けられています。一方で、唯一不変の個人特定番号であることは、大変な魅力です。顧客に関するマスター番号にすれば、とても便利です。しかし、迂闊にCIFに取り込むとセキュリティ・リスクが高くなります。CIF番号と連動させても別ファイルにすることが無難でしょう。それも、暗号化したテキスト・ファイルで充分です。その方が、安くて、処理も速く、応用が効きます。

金融一体課税で、困る人は誰でしょう?少なくとも、適切に納税している人には問題ありません。国民総所得の7%とも10%とも言われる地下経済(正確、または、公的な数値はありません)を把握して納税させれば、更なる消費増税は避けられます。

国は、何かと言えば金融機関に、様々な負担を押し付けてきます。その殆どに金融界は唯々諾々と従っています。その結果、膨らむ規制コストは、膨大な額です。筆者は金融機関経費の20%を超えるだろうと推測しています。(これも正式な調査数値はありません。)全銀協の正会員は約120行ですが、冒頭の300億円、或いは、その数倍で1500億円を負担するとしても、一行当たりでは、さしたる額ではありません。むしろ、マイナンバー制度のインフラに参画して、顧客利便を上げながら、規制に関わる事務コストを軽減することが、業界としての戦略的対応だと思います。全国銀行117行は、年間6兆8千億円程の営業経費を使っています。規制対応コストを10%減らすだけでも、年間1千億前後の経費減が実現するかと思います。証券や保険の高齢者取引でも、自主規制の趣旨を活かしながら、マイナンバーで事務的負担を減らすだけで大きな効果となるでしょう。

                                                         (平成26年3月9日 島田 直貴)