地銀再編は進むか

金融経済新聞に面白い見出しの記事が掲載されていました。平成26年1月1日号です。題して「地銀再編と不動産市場」です。一瞬、不動産が値上がりすると地銀再編に結び付くという話なのかと思い、どういう理屈か関心をもって読みました。私の単純な誤解で両者が直接リンクする内容ではなく、ただ、並列して、この二点を特集した記事でした。

どうして関心をもったかというと、金融ジャーナルの昨年10月号に掲載された札幌学院大学玉山教授の寄稿が強く記憶に残っていたからです。概要はこんなことです。「日本では土地が金融資産の一つとみなされており、過去の土地資産の目減り分を安全金融資産である預貯金の積み増し、または、負債の圧縮で相殺してきた。それは、地価目減り相当額の預貯金増や1992年から2010年までの可処分所得に対する家計正味資産の比率が750〜800%と一定していることに表れている。法人は負債を圧縮するだけでなく、余剰資金で土地を買い増してすらいる。今後、地価が上がれば、安全金融資産へ廻る資金は減少し、その分、株式等投資資産に向かう筈というストーリーです。」 とすれば、今後、土地の値上がりに応じて預金が減り、「銀行よさようなら、証券よこんにちは」時代の再来ということになります。それが、地銀の再編に結び付く可能性を高めるのか、とすればその時期と確率はどの程度かと興味を抱いたのです。

筆者は地域金融機関の経営に長い間、関心を抱いてきました。世間一般では金融というとメガバンクなど都市銀行をイメージします。特にITビジネスでは、保険証券を除いた1.2兆円市場の40%以上を占めるメガバンク3行に注目が集まります。しかし、銀行資金量でみればメガバンクはシェア27%で、融資では37%です。地銀はそれぞれ19%、28%ですが、人口でみれば約57%はメガの存在が薄い地域が地盤です。(首都圏1都3県、大阪、愛知以外) そこで預金シェア30%以上、融資40%前後を占める地銀を除いては、地方経済を語れません。かつて足利銀行破綻の際に、栃木県経済がどれほど窮したかを見れば歴然とした事実です。そうした地銀を、単純にメガと比較して投資家視点のみで、再編を語るのは、いかにも無責任と思います。

地域銀再編や勘定系共同化のニュースが流れる度に、メディアの取材を受けます。その取材意図は、IT共同グループと再編当事行の関係を知りたいということです。余りに単純な図式なので、筆者は記者に「あなたは、結婚相手を同じ電車やバスに乗った人から選ぶのか?」と問い返します。また、オーバーバンキングが定説になっていますが、銀行数、人口当たり支店数ともに、先進国の中で日本は圧倒的に少ないという事実を無視しています。確かに融資は長期的に増えないでしょう。減る可能性の方が高い。しかし、預貸利ザヤが諸外国に比べて圧倒的に少ないことが地銀収益を圧迫している状況を考えると、金融資産が預金以外に向けて、利ざやを増やすことが必要です。つまり、地銀が安定した高収益を得られないのは、国内の有り余る資金の受け皿が他にないからです。決して、銀行が多すぎる訳ではありません。

この金融経済新聞特集では、野村証券の佐藤アナリストが、2020年までの環境を想定して、低金利が続けば地銀収益は半減化し、道州制が導入されれば106地域銀(地銀と第二地銀)が20行になると語っています。何故20かといえば、道州数が仮に10となった場合、アッパーティア1行、ミドルティア1行になる筈だからと言います。随分と粗っぽい計算ですが、投資家向けの予想(予測?)としては、この程度の論理で良いのでしょう。しかし、この程度のテーマ営業をやっているようでは「証券よこんにちは」とは、とても期待できません。預金が減って銀行が楽になることは当面なさそうです。証券よ、真面目に頑張れと地銀は応援すべきでしょう。

日経新聞1月6日号に地銀協の谷会長のインタビュー記事がありました。「健全なうちに再編するのが株主、従業員、取引先への地銀経営者の責任」と言い切っていました。注意すべきは、順番です。地域金融機関の多くは、取引先、従業員、株主という優先順位で経営を考えます。別に福岡銀行が間違っているというのではありません。個々の判断です。上場を廃止して、地域貢献を第一目標とするのも経営戦略であり、立派な経営判断だと思います。メディアやアナリストからすれば、面白くないストーリーでしょうが、旧幕藩体制の伝統と文化を継いでいる地域(地縁人縁の集合体で、共通価値観を持つ世間とも言える)と一体であろうとする、または、でなければ生き残れない地銀にとっては、理に叶った戦略です。

地域金融機関は異口同音に「地域と共に発展するしかない」と言いますが、決め手となる施策を見出せずにいます。地域振興といっても、ビジネスマッチングのような単発的な商談機会提供程度しかありません。しかし、道州制が導入されれば、飛躍のチャンスになるでしょう。世界で最も豊かで満たされる国々として北欧諸国が並んでいます。どの国も人口700万人前後です。スェーデンでも960万人です。神奈川県と同じ規模です。自国文化と価値観を尊重しながら、国の戦略目標とあるべき姿を明確にし、教育などの施策を推進しています。現在の状況になるまでに要した時間は60年余りで、特に、最近の20年が飛躍の期間です。

道州制を考える際には、ミニ東京の横並びではなく、各道州が独自の理想像を目指し、国民一人一人が自分の人生観とライフステージに応じて住む場所と働く場所を選べれば、北欧諸国の連合体のような国になれるかも知れません。フィンランドのような自宅からシンガポールのような勤務先へ通うといったことが可能になれば面白いと思います。法人個人の所得税を、経済活動地と居住地に比例配分すれば、税収と公共サービス・レベルのバランスが取れ、地公体のサービス競争が促進されるでしょう。これからは、GDP総額ではなく、一人当たりGDPを追求する時代になる筈です。人口の多寡や平均年齢を嘆いても仕方ありません。地方が発展しないのは、地方の特性を活かす政策がとれないからです。道州制は、その打開策となる可能性を持っています。

昔、道州制論議が盛んだった頃、地域金融機関の方と、どうしたら生き残れるかを議論したことがあります。「地域No1の営業力とITパワーを持つことだ。」との結論でした。そうすれば、銀行名は守れなくても、お客と従業員は守れる。コモディティー化した営業やITでは存在意義はありません。また、今日では、行商的セールではなく、ITを活用したマーケティングとセールスが可能となっています。金融ITに係わる方達のディープ・シンキング、ストラテジック・シンキング、そしてコミットメントを期待して止みません。

                                       (平成26年1月6日 島田直貴)