企業の変革とトップの交替 (マイクロスフトCEOが辞意)

平成25年8月23日のバルマーCEOの辞意表明は、世界中のメディアが大きく報道されました。ゲイツ氏とマイクロソフトを立ち上げ、今日の成功を導いたバルマー氏はアメリカン・ドリーム実現者の代表格であり、年令もまだ57歳です。最近では長年の宿敵オラクルとの提携、大規模な組織再編などを実施したばかりなので、辞意表明は唐突感を持って受け止められました。しかし、MSの株価が一挙に7%も値上がりしたことは、市場は同氏ではMSの時価総額首位奪還は難しいと思っていたのでしょう。

もっとも、CEO交替は1年以内とはいえ、いつかは不明ですし、後任が誰かも決まっていません。一番大切な事業戦略の変更や企業改革の内容は、全く不明のままです。それまでは、後継者選びが第一優先ですから、事業戦略の推進はペースが弱まるでしょう。株価にはマイナス要素です。とはいえ、バルマー氏が全てを決めてから辞めるのでは無意味ですから、後継者が戦略も改革プログラムも決めるでしょう。それには就任から1年は必要です。株価なんて言うのは、時として感情的で人気投票のようなものです。デルがMBOで非上場化しようとするのは、まったくもって理解できる動きです。

バルマー氏は、デバイスとサービスに事業転換するとの戦略を打ち出していました。今、57歳ですから、米国での大企業CEO定年60歳という慣習には、時間が足りません。ですから、若い後継者に後を任す考えは以前からあったでしょう。多くの企業家は、40代で引退し、後はボランティアやアウトライフで楽しみたいと願っています。大きな家も何台もの車も欲しくはなく、できれば広い牧場があればという人が多いようです。昔、一緒に仕事した米国人の大半がそう言っていました。

ところで、マイクロソフトの悩みは、日本のユーザー企業やIT企業に、いくつかの課題を突き付けます。

第1は、MSが破綻した場合の影響です。突然、そうなることは考えられません。しかし、業績が低迷すれば、人材流出が続いて、既存製品の保守も思うようにならなくなる可能性はあります。XPのEOS程度でこんな大きな騒ぎです。現有IT資産に占めるMS系製品の浸透を考えると、惑星の地球衝突並みの騒ぎになるかもしれません。国内金融機関に、主要ベンダーの消滅や事業撤退への代替策はと聞いて、答えを得たことは一度もありません。

第2は、デバイスとサービスにシフトするという戦略です。デバイスがスマホやタブレット等を示すことは明らかですが。サービスは少々曖昧です。MSは、クラウドを中心に考えますが、日本のユーザー企業は技術者派遣やSIを思い浮かべます。何故なら、日本では100万人強のソフト技術者の内、76%はITベンダー側に所属します。ベンダー技術者抜きでは何もできないのが実態です。一方、米国では300万人強の技術者の内、ユーザー企業側に72%が所属します。ユーザー企業は、基本的に自力でIT対応が可能で、特殊な技術においてのみベンダーに依存します。逆に言えば、日本以外では、要員派遣やSIなどのサービスは労働集約型で付加価値の低いビジネスです。ソフト会社であるMSが目指すのが、タブレットやクラウドで良いのでしょうか?ともに大きく出遅れたMSが、今から、トッププレイヤーになれる秘策があるでしょうか?楽しみに見ることとしましょう。

第3は、技術革新のスピードと方向です。デバイスは更に高機能化しつつ低価格化します。2万円で高機能タブレットが入手できるとすれば、どう使われるでしょう?通信は有線と無線が一体化しつつ、ギガ級の速度と低料金化が実現する見込みだそうです。デバイスと通信が一体化したスマートTVなども商用化間近です。ソフトは一段とフリー化、オープンソース化するでしょう。そうなれば、クラウドでも規模のメリットを確立した一部のベンダーしか残りません。企業向けには個別ニーズを反映したアプリケーションとデータコンテンツ、個人向けにはコンテンツしか一般IT企業に残される市場はありません。要は、一日24時間という限界資源の奪い合いです。今ですら、個人のITを操作する時間が限度オーバーと言われています。漫然とモニターを見続けて、せせこましく指を動かしても、価値は生まれなくなっています。誰でも入手できるコンテンツだと価値は下がります。プロフェッショナル・サービスとして、データアナリストなどコンテンツの有効利用を支援するビジネスが拡大するでしょう。しかし、その規模は微々たるものです。

第4は、個人のITプロシューマー化です。スマホと1日の過半を睨めっこする個人ではなく、みずからプログラムを作成したり、システムの保守をしたりする生産側の個人です。クラウド環境を使えば、個人でもIT基盤を利用できます。彼らのスキルやアイディアを活かすことが企業活動に不可欠となってきました。日本でもようやく、デザイン、翻訳、ソフト開発などでクラウドソーシングが普及し始めました。これからは、高齢者や女性を含めて、IT生産手段として個人を活用するステージに入ります。企画、開発技法、プロジェクト管理など、IT管理の仕組みは全く異なるものになります。缶詰め作業とウォーターフォールしか知らない、金融機関はどのように対応するのでしょう。長崎出島方式を検討するほかありません。

第5は企業変革の方法です。成功企業の事業転換の難しさは、経験しないと判りません。成長が止まったといっても、売上と利益の半分以上を稼ぐレガシー・ビジネス。それによって昇進と昇給を得てきた管理職達。彼等に向かって、これからは、そっちじゃない、こっちだと言ったくらいでは、方向は変りません。今のビジネスをどうするんだ、捨てるのか、お客はどうするんだとなります。かつてエクセレント企業として、その組織文化を讃えられた企業は、どこも変ることができずに困っています。社員は、頭では変ることの必要性は判っていますが、体が伴いません。意思決定者の周辺はミニ成功者や似非成功者が固めています。結局は、組織文化が変らないのです。バルマー氏が辞めるだけでは、組織文化が変る筈がありません。上級幹部の半分程度を変える覚悟が必要です。そのくらいなら、別に新会社を作ってゼロからやらした方が速いことは確かです。いわゆるノアの方舟作戦です。こう考えるとバルマー氏がCEOを続けた方が、MSの寿命は伸びるのではないかとの疑問が出てきます。本人には気の毒ですが。

次期CEOが、アップルやグーグルの土俵で勝ちたいと思うとしたら、失敗するでしょう。土俵を変えるしかありません。いずれ、アップルもグーグルも過去の成功企業となります。企業が変るという難事業よりも、ビジネス・モデルという土俵を頻繁に変えるのが米国の強みです。さて、日本ではどうでしょう。特に、ユーザー企業は、こうしたIT業界の流れを自社IT戦略に組み込んでいるでしょうか?

 

                                                           (島田直貴)