海外先進銀行のリテール戦略

金融経済新聞が、4月から−海外「銀行サービス」はいま−という連載記事を掲載しています。寄稿者はK.Nambaさんとしか紹介されていません。恐らく、米国駐在の銀行員であろうと勝手に推測しています。毎回、興味深い情報が寄稿されています。Webサイトを使ったO2Oマーケティング、ATMでの個別客向けメッセージやサービス案内、商品やサービスを顧客が選定してパッケージングするアラカルト・バンキング、予約制の訪問FPサービス、カウンターなしミニ店舗などです。それも単に、サービスの新奇性を強調するのではなく、市場動向や当該銀行経営の裏事情も説明してくれるので、読者が自分の経験知識で咀嚼解釈することができます。

米国の銀行が、必死になってリテール・マーケティングの革新を図ろうとする理由は、主に二つあります。第一は、消費者保護を目的とした規制強化です。例えば、2010年に米議会が消費者保護法を改正してチェック口座の手数料を44セントから大幅に引き下げる法案を検討しました。銀行界が強力なロビー活動で下げ幅を抑えようとしたところ、消費者の強い反発に会い、大論争となりました。

消費者は、BankTransferDayを設定し、大手行から中小銀行への口座移動を呼びかけました。そして、1か月ほどで4、50万人が信用組合に口座を移したそうです。大手行に対する不満が相当溜まっていたのでしょう。移行障壁が高く、消費者が取引銀行を変えるのは容易でないと考えていた銀行は驚愕して、改正案を受け入れる結果となりました。その結果、リテールビジネスの収益性が大きく損なわれました。クロスセルなどにより、一人当たりの収益性を改善する必要が高まることになりました。

第二は、欧州で始まった口座スィッチングサービスが、銀行間のサービス競争を加速させ、銀行に恐怖感すら与えていることです。大手行はリーマンショック以降、リスク管理と収益改善に注力し、顧客サービスをおざなりにしてきました。それは、消費者には銀行の傲慢と映り、不満が鬱積したようです。そこで、取引銀行を簡単に変えられるようにアカウント・スィッチングサービスを銀行に義務付ける動きが広まっているのです。今年9月には英国でも導入されます。これは、顧客の申し出から一定期間内(2週間等)に口座移管を完了させることを銀行に義務づけるものです。その延長線上で、口座番号のポータブル化が検討されています。日本でも携帯電話番号のポータブル化によって、携帯キャリアの競争環境が一変したことを考えれば、その影響の大きさが理解できます。

つまり、欧米先進国では、リテールバンキング市場で抜本的な競争原理の導入が始まっているという背景が、サービス競争に結び付いていることを理解する必要があります。

筆者達が事務局を務めるNPO金融ITたくみsでは、外資系大手ITベンダーに海外銀行先進事例を紹介する講演をお願いしています。今春から始めて既に2回実施し、事前打合せを含めると7社ほどから情報を頂戴しつつあります。我々の目的は、銀行基幹系オンラインのアーキテクチャやサービスなどに関し、革新的アイディアを入手することでした。ところが、業務処理オンラインの話をしてくれるベンダーは1社もありません。セルフ・サービス化とSTP化による事務作業の徹底的削減は、もはや既定路線で、目新しくもないのです。経営が重視しているのは顧客サービスとマーケティング、そして、リスク管理と収益管理です。ITソリューションとしては、DB連携とスマートデバイスです。数十のシステムを抱え、レガシーやオープン系が混在するだけでなく、データの定義、鮮度が統一されていない状況は日本と同じですが、それを一元的に、かつ、リアルに近い形で分析できるシステムを求めています。ベンダー側も顧客銀行の経営ニーズを理解し、ソリューションを提供しようとしています。

日本の銀行オンラインは、勘定系オンラインと称して総勘定元帳の更新管理を第一義としています。ですから、銀行簿記・会計はどこでも同じで、勘定系システムに戦略性はないという論理が出てきます。AccountProcessingSystemが英文名ですが、これは海外では全く通用しません。このAccountには、会計という意味もありますが、口座という意味もあります。口座管理とその為の業務処理と理解すれば、非戦略的とは言えないのですが。勘定系の戦略性云々を置くとして、わが国銀行界は、今、何を目指してITを利活用しようとしているのでしょう?全く見えません。一部大手銀で次期勘定系検討の最終段階にあります。オープン化するか否か、レガシーを継続するとして基盤をどうするか、使用言語やミドルウェアは何にするかという議論が続いています。サービスや利便性を開発するというよりは、マニアックな技術嗜好論のように見えます。それは個々の銀行の勝手なので、我々のような外野がとやかく言う筋ではありませんが。ただ、我々NPOとしては、顧客と経営に役立つIT化を進める銀行に、海外先進動向を含めた参考情報を提供し続けるしかありません。最重要なのは、それを具体化できる方策ですが、今の結論からすれば、別銀行を創るか、別のIT部門を新設するかが第一ステップとなりそうです。銀行営業もシステムも複雑に絡み合い過ぎました。勘定系オンライン体系を設計した30年前とは、ビジネス要件が大きく変ったのに、抜本的な技術革新をしなかったツケが廻ってきています。

                                                                  (島田 直貴)