訴訟支援ビジネスとビッグデータ and B I


日経新聞が「ネット人類未来」という特集を組んでいます。ビッグデータ等の先進IT活用事例などを紹介しています。その第5部上が2013年6月2日(日)号のトップに掲載されていました。それには、米国などの事例を踏まえて、訴訟支援企業の活動やITの使われ方などが紹介されていました。訴訟における文書処理の負担を軽減し、膨大な書類の中から重要な事実を抽出する作業をビッグデータ解析技術によってサポートするビジネスが60億ドル市場になっているそうです。少し、極端という感じはしますが、確かに有望な市場だと思いながら読みました。ただし、注意が必要なのは、この記事で紹介されるようなことは、米国でのことです。何が日本と違うかといえば、ディスカバリーという制度のあることです。

ディスカバリーとは、訴訟相手や司法当局が求める証拠は、原則として全て出さなくてはならないという証拠開示制度です。2006年からは、電子書類も当制度の対象となりました。例外は殆どなく、弁護士の秘匿特権や訴訟の準備段階での作成資料などに限られています。ですから、相手方からXX年〜YY年に○○部門が送受信した全てのメールのコピーを提出しろと要求されれば、断れません。隠すと、相手が司法当局であれば司法妨害となり、民事訴訟であれば裁判で極めて不利な立場となります。罰金や賠償額も大きく上乗せされます。何故、こんな制度があるかというと、双方が全ての事実を開示することで、公正公平な判断が可能になるという考えが根本にあります。それは債務不履行や知的財産権侵害に関する民事訴訟でも同じことです。小さな会社ならまだしも、数万人の社員がいる企業となれば、対象書類は膨大なものになります。相手に請求する資料は、万一を考えてより広範な資料を要求しますので、ボリュームは膨らむ一方です。提出する方は、関連しそうな資料を全て集めて、その中から出したくはなく、かつ、例外として出さなくても良い資料を弁護士と相談しながら取捨選択します。その作業だけでも大変なものだそうです。大規模訴訟では数百テラバイトにもなるそうです。とても人手では無理なので、ITを利用せざるをえません。

筆者は1971年に米系IT企業に就職しました。入社前研修で就業規則等会社規則を守る旨の誓約書を提出していましたが、入社初日に、守秘義務誓約書と営業倫理順守誓約書に署名させられました。その後で会社の手帳を配る際に受けた注意には驚きました。「当社の米本社は、現在、米司法省と独占禁止法違反の容疑で係争中である。米国の法律では日本の子会社社員といえども、手帳の提出を裁判所から命じられる可能性がある。ついては、そのような事態を考えて、プライベートな内容や会社に不利になるようなことは記入しないように。」というのです。そんな大げさな、外資系だといって恰好つけている・・と思ったのですが、先輩に聞くと、実際にそういうことがあるのだそうです。この訴訟の進捗は、頻繁に全社員に報告されました。何万ページの資料を提出して、XXXと主張した等の内容です。相手が対応できないくらいの主張と資料を提出してつぶし合うのが、米国流裁判なのだと思っていました。

その点、日本の裁判は、裁判官に親切です。(民事のケースしか見たことがありませんが。) 膨大な資料を出せば、要約を下さいと裁判所は要求します。判らない点があれば、その簡便な説明も求めてきます。見たくない資料は読みません。必要かも知れない資料は、事務官が整理して裁判官に説明しているようです。自分に判りそうもないことは、証拠請求にも応じません。どこを見て仕事をしているのだろうかと思ってしまいます。ある人いわく 「彼等は、自分達が世の中で一番頭の良い人間だと思っている。自分に判らないことは、世間は理解できない。だから、自分に理解できることだけで判断し、それが、同業の司法関係者にどう評価されるかしか頭にない。」というのです。とても腑に落ちる説明でした。

日本の民事訴訟では、例えば債務不履行に対する損害賠償請求のケースですが、被告の過失または不法行為の立証責任は原告側にあります。ところが、原告が要求する被告所有の資料など証拠提出は裁判官の判断で決まります。それでも、被告がそんな資料はないと言えば、裁判官は「では、仕方ない。ないものは出せないよね。」です。こんな裁判の手法では、個人が企業相手に訴訟を起こしても勝てる可能性は殆どありません。大企業が原告の場合であれば、巨額な費用をかけて大弁護団を組成し、考えられる限りの可能性を並べ挙げて、証拠の提出を求めます。そこで裁判官は、いくつかの判決シナリオを考えるようです。そのシナリオの妥当性を確認する為に、証拠や専門家の鑑定書を双方から提出させて、それに基づいて結論を絞り込むというのが、一般的な流れだそうです。要は仮説アプローチですが、この仮説が間違っていれば、全ての労力が無駄になるか、間違った判決になります。米国のように、あらゆる可能性から事実を抽出して、それから法的判断を加えるというアプローチとは全く逆です。もっとも、訴訟に関する負担が余りに大きくなるので、米国では和解によって訴訟費用を避けることが増えるのでしょう。

こう見ると、この記事にあるようなITを使った訴訟支援ビジネスは、日本では成立しないでしょう。そもそも、日本の司法界はITが嫌いです。理解できないようです。「自分は文系出身なのでITは判らない。」が常套句です。筆者が「家政学部出身ですが、優秀な女性SEを何人も知っていますが。」というと、とても嫌な顔して話題を変えてしまいます。テキストマイニングやルールベースを活用したら、効率的に公正な裁判を実現できそうに思うのですが。それでは、弁護士の仕事が減ってしまって、弁護士料も下がってしまうのでしょうか。司法制度改革には、定員数と試験の方法しか議論されていません。せめて、ADRや知財裁判でのIT活用から始めたらどうかと思います。または、ITを活用しようとする弁護士をIT業界が全面支援して、裁判で連戦連勝させるとか。

                                                            (島田 直貴)