金融庁のプリンシプル案に民間が反発


金融経済新聞平成20年3月17日の記事です。金融庁が業界団体に根回しを行っているプリンシプル(行動規範)案に、民間金融機関から過剰介入と反発が強まっているという内容です。

金融庁は、昨年12月から銀行、保険、証券業界などと共同(強制参加?)でプリンシプルと呼ぶ経営基本原則を作成してきました。2月4日には各業界に提示し、3月には内容を確定する予定でした。しかし、会長会社が協会に持ち帰った案に、さまざまな否定的反応が出ているようです。「プリンシプルとは何ぞや?」「取引マナーにまで行政が介入するのは行き過ぎ。」「ルールの範囲があいまいで行政裁量が強い。」などです。笑ってしまうのが「利益相反ビジネス上のコンフリクト」「取締役のフットアンドプロパー」などカタカナが多くて意味を誤魔化しているという批判です。筆者のように長く外資系に働き、欧米流コンサルティングに携わった人間が、新米の頃に相手を言いくるめようと使ったのがカタカナ用語で、つど先輩や顧客に叱られたものです。要は自分が理解していない証明なのです。最近の金融庁職員には、コンサル・グリーンボーイが多いのかと思ってしまいます。ベターレギュレーションという表現も、より良い規制なのか、まだマシナ規制なのか、どちらとも取れます。

2月上旬に伝わったプリンシプル案を見た時には、なんでこんな当たり前の基本理念を行政が民間に提示するのかと思いました。「利用者利便の向上への創意工夫をこらす。」「誠実かつ職業的な注意深さで業務を遂行」「利用者からの相談・問合せに真摯に対応」などとあるのですから、子供に向かって「他人の迷惑になることをしてはいけません。」レベルです。これまでの処分庁と揶揄された行政被害を経験した人たちにとっては、ここまで観念的な項目を規制ルールに使われたのでは、何もできないし、何もしないこともできないと疑心暗鬼になるのは当然でしょう。むしろ、ベターレギュレーションの透明性と公平性を高めるプリンシプルを自分用に作ることが先だろうと思うのが自然です。

各協会に提示されたというタタキ台を見ると「共通した行為規範」とあり、12キーワード、14プリンシプルからなっています。例えば「創意工夫をこらした自主的な取り組みにより、利用者の利便の向上や社会で期待されている役割を果たす。」とあります。自主的なる表現を加えて、具体的基準は民間金融機関の運用によるとしたのでしょう。創意工夫とは、利用者とは、利便とは、社会の期待とは、全てが経営の判断で決めるべきもので、そこに戦略展開の余地があります。金融庁としては、欧米のように業界共通の行動規範を定めることで、顧客、金融機関、行政のコミュニケーションを円滑にするのが目的というのでしょうが、やはり、余計な口出しに違いありません。この種の標語は多くの場合、現在できていないことを改善したいとして掲げるものです。筆者などは、顧客を訪問して「お客様第一」などと大きく掲示してあれば「あー、ここの社長は、これで困っているのか?」と考えます。その理屈でこのプリンシパルを考えれば、金融機関の多くは社会的倫理にもとる稚拙な企業集団ということになりますが、実態としての金融業界は、様々に批判されるものの、わが国では最もクリ−ンで高品質な業界の一つであることは間違いありません。社会常識に外れる金融機関が出たとして、それは社会的制裁をうけますし、規制当局が免許取消しを含めて処分淘汰すれば良いことです。国会やマスコミ向けのアリバイ行政だとすれば、時代逆行の極です。

英米流経営論によれば、金融サービスを通じた顧客価値の最大化などという経営理念(プリンシプル)があり、それに従った経営目標があります。例えば個人金融ビジネスを中心にするなどです。次に当面の事業目標をたてます。例えば、個人向けローン残高を1兆円、利益率を3%とするなどです。そして、経営戦略を立案します。関東地域の年間所得600万から1000万円の個人にフリーロンを百万口販売するといった数値目標に対して商品戦略、販売戦略、販売戦略、要員戦略、IT戦略などと機能展開するのです。いわゆるウォーターフォール型の戦略立案手法です。整理学としては良いのですが、成功事例を見ると、瓢箪から駒や棚から牡丹餅が多くて、必ずしも戦略が良かったとは言えません。むしろ戦略が目隠しとなって環境変化を見逃し易い。失敗事例を戦略が悪いからだと言いますが、実は執行力の問題であることが大半です。コンサル志望の若い人に、どんな勉強をしてきたかと問うと「ポーターを読んでいる。」という返事が多いのです。絶対に採用しません。「西洋医学は診断には有効だが、治療には例外的な外科手術を除けば、東洋治療の方が日本では適切だと思うが、どう考えるか?」と質問を続けると、もう意味がわかりません。管理会計の数値で、欠点を列挙されても顧客は困るのです。少なくとも金融機関のレベルでは、自社の欠点は認識しており、治療法を求めているのですから。

米国の規制当局にもコンサル出身や金融界出身のベテラン幹部が多いと聞いています。日本でも局長や審議官クラスは、実務経験豊富なベテランを採用したらどうかと思います。行政しか知らない、あるいは教室の経営手法しかしらない、では治療はできません。それとも西洋医学で診断して、欠点列挙と処分連発型行政がベターレギュレーションなのでしょうか?昔、厳しい上司がいて「考えざるものは去れ。動かざるものは去れ。創らざるものは去れ。」と大書して自室に掲げていました。誰かが末尾に「そして誰もいなくなった。」と足しました。部門中が大喜びしたのですが、自分の理念を他人に押し付けると逆効果だと感じた経験です。