社保庁の次期年金システムは分散発注


日経新聞、平成19年7月4日号の記事です。年金システムを2011年に更改する計画があり、そのシステム開発などは、NTTデータへの一括発注ではなく、複数社に分割発注する予定である。NTTデータ独特のデータ通信役務サービス契約に全面依存する方式を止めることで、現在の年間800億円の委託費を700億円程度にまで節約できるということです。既に設計作業は始まっており、総額40億円程の設計委託は、NTTデータ、アクセンチュア、日立、沖電機が分割受注している。今後の開発作業発注についても、分割して競争入札とする予定という内容です。同日の日経には、NTTデータが利益なしの実費ベース10億円程度で年金記録照合プログラム開発を受注するという記事もありました。10億円といえばザット1千人月の開発です。名寄せだけなら既存のプログラムで済む筈ですし、クレンジング用の優れたパッケージも2、3千万円で売られています。ハード追加が必要だとしても、数億件程度のシート・データをソート・マージする程度であれば、市販PCにオンメモリーのデータ管理ソフトを搭載して、数秒で処理できるような製品も複数あります。10億円かけて何を作るのかとても興味があります。記事では、NTTデータが国民の為に自腹を切るというニュアンスですが、無料で納付証明を出すという銀行や相談・確認作業に人を派遣する社労士協会などに比べると、国民感情から随分とずれている印象です。

6月6日の日経で、記録照合プログラムをNTTデータと日立に発注という記事を見た時には、思わず「えっ、金取るのか?」と絶句しました。ユーザーの指示通りに作っているので、その機能についてベンダーに何の責任もないという考えは、普通はその通りなのです。しかし、社保庁の場合、まるまる丸投げだそうです。そもそも無いデータまたは間違ったデータで、何を照合するのでしょう。せいぜいキーとなるエンティティを照合して同一人の可能性がある未統合データの組み合わせを抽出する程度でしょう。それも、限られた比率となる筈です。この記事では、両社に発注する理由は、システムがデータの所有であり、内容の判る人間もデータにしかいないので、データに随契発注するほかないとは書いてありません。金融機関などでの実績を通じて名寄せの技術を持っているからということでした。名寄せ程度は、金融関連の経験を持つベンダーならどこでもできます。パッケージもたくさんあります。この記者は、何も知らずに書いている、それも完全なちょうちんだと、憤然たる気持になりました。それ以降、日経グループの人に会う都度、「日経はNTT本体には冷たいのに、データには何故こんなに親切なのか?何があるのか?」と聞くことにしました。皆さん「そう見えますか?そんなことはない筈ですが。」と答えます。

天下り問題や三鷹センターの家賃問題が表面化して、朝日など他紙が社保庁とデータの取引関係に批判的記事を書いても、日経には全く載らないか、片隅に数行あるだけでした。この差は何なのか、改めて聞いてみようと思っていたら、28日に大きくトーンを変える記事が出ました。データ通信サービス契約によって年金システムは、2010年までデータに著作権があり、無競争発注によるコスト上昇の恐れありという内容です。これも誤解を招く内容で、デ通サ契約が不平等条約のようになっています。償却のない単年度会計で、国会で予算が承認されるまでは発注もできない中央省庁にとって、デ通サ契約は救いの神です。また、プロパーIT要員がいないか全くの不足なので、データは電電公社時代から社内システム部門みたいなものです。事実、データの技術者に対するユーザーの信頼は同僚と同じようなものです。契約書など必要もないほどの信頼関係なのでしょう。普通の取引関係と比べてはいけません。

8年サイクルで更改ビジネスが保証される電電公社のデ通サ契約(実態は民間や協会を含めた多くの固定客と巨額の売掛金)と膨大な不動産資産は、民営化の時点で整理しておくべきだったのです。しかし、国の財産をそのまま承継しました。民間企業となったデータには、この二つがビジネス・モデルの根幹ですので、今になって急に変えることは不可能です。また、デ通サ契約の遂行には、多くの大手ITベンダーが協力企業を引き連れて、下請けとして加わっています。この仕組みは金融界にも浸透しています。まさに日本国のシステム部門です。この日本独特の業界構造は、簡単には変えられません。

この分散発注という記事は、今回の問題に関連して社保庁がITの発注方法を改善したというニュアンスになっています。しかし、以前から政府全体で発注の透明化とIT投資の効率化を目指したプロジェクトが走っていて、その基本方針となっている施策です。今年3月1日には、各府省情報化統括責任者連絡会議の決定事項として、ハードと開発の購入を分散し、開発も共通と個別に分け、更に個別開発は極力分割して、多くの企業が入札参加できるようにする旨が決定されています。といって、その実現には多くの難題があります。分散発注しても、その統合管理が出来るのか?発注手続きは従来以上に煩雑化し、むしろ効率とスピードを落とさないか?値段の安さだけで参入したベンダーが原因で品質が劣化しないか?などなどです。結局は、例外承認を連発することで、今と変わらないだろうと筆者は予想しています。国民の金だからと安さ第一で無意味に無理無駄を押しつける役人とつきあえるITベンダーは多くありません。売上よりも利益を追求するベンダーは特に遠慮します。このように複雑な背景がある問題が表面的かつ一面的な記事となり、それを多くの人々が新聞に書いてあったと信じてしまうことが怖いのです。記事は担当記者が書きますが、デスクが事前にチェックする筈です。内容は新聞社に責任がありますが、やはり記者名も公開すべきでしょう。誰が書いたか判らない新聞記事が、さしたる裏づけ取材もなく、ちょうちん報道と魔女狩報道の間を揺れ動く危険性に読者は注意すべきです。そして、記事の対象となる側は、メディア・リスクを徹底して配慮すべきです。魔女狩の対象となれば、釈明の機会は皆無です。