IT企業のグローバル体制(IBMが日本を本社直轄)


日経新聞平成19年6月4日の記事です。報道の概要はこうです。今年10月から、日本IBMを米本社の子会社(その間にIBMワールドトレードがあるので法的には孫会社)アジアパシフィック(AP)から独立させ、米国直轄とする。その理由は、製造業(上位600社総売上の50%近くが海外収入)を中心に日本企業のグローバル展開に対するサポート力を強化するため。また、四半期毎の業績報告など管理階層を簡素化することで、日本法人の経営スピードを向上させるなどとしています。

筆者は長年日本IBMに勤務し、最後の6年はAPも兼務しました。その頃は、日本IBM出身者がAP幹部の大半を占めており、昔と違って発言も積極的に行なうので、日本の意見はAPの方針として認識されていました。規模も利益も日本が圧倒的でした。国の経済規模差もありますが、単価が違いすぎました。日本のSEは月間150万円以上ですが、中国や印度では30万前後です。同じ規模の仕事をしても、売上が5倍違ってしまいます。日本や米国、欧州のような高物価国の技術者は、ANZを除くAP諸国で利益は出せないということです。

IBMは、世界を地域別、ビジネスライン別、業種別に分けています。筆者が日本、AP兼務で金融業界のコンサルティングを担当していた時に、レポートする上司が6人ということもありました。記事にあるような四半期ではありません。毎月であり、毎週というものもありました。会議は集合型やテレビ会議を含めて、週に4、5回はあります。自分の仕事ができませんので、代行をたてることが増えます。他のメンバーも同じですから、決定力のない会議ばかりとなります。様々に工夫して改善に努めるのですが、時間とともに効果がなくなってしまいます。マトリクス組織の限界だったのでしょう。グローバル企業でビジネスラインが広いと組織が難しいものだと痛感しました。

この報道に関して、多くの知人から感想や質問が寄せられました。日本IBMも出世したものだ、これからは米本社直結だからやり易いだろう、と世界第二の規模を重視した感想があります。社長はやはりアメリカ人になるのか?社内公用語は英語か?客の支払いは米ドルか?といった興味本位の質問があります。日本IBM再生のため主要部門トップに米人を置いたが成果が出ないのでパルミサーノが怒って自分で管理しようというのか?世界で唯一SI事業に成功した日本のSE部隊を海外でも使いたいのでは?日系企業の海外部門は言葉や作法が日本人でなければ無理だから?などという見方もありました。どれも少しずつあたっているようですが。恐らく、頭の良いストラテジストがIBMの抱える問題を改善するために考え出した1石数鳥の手なのでしょう。特殊事情を並べて自分の殻から出ようとしない日本IBMからAPという隠れ蓑を引き剥がし、AP諸国の発言力を増し、中印のビジネスを促進しようと考えたのかもしれません。

IBMの場合、資本の序列でグループ各社の権限が決まるわけではありません。全社員は統一された職位・職能で序列が決まります。たまたま所属する会社組織が米本社であっても、ひ孫会社であっても関係ないのです。この点は、日系企業と全く異なる人事・権限体系です。日本人社員から日本IBMという隠れ蓑を剥がして、グロ−バルに働けということなのでしょう。米IBMにだって海を見たことがないほど丸ドメの社員は多勢いるのですが。

このテーマは、グローバル・ビジネスとITサービス・ビジネスにおける組織戦略の問題です。グローバル・ビジネスの組織は三つの視点から構築されます。第一が、現地適応(グローカリザーション)です。各地域の特性を重視するものです。IBMは、資本と現地法人トップ人事と大規模投資決定権だけは手放しませんが、他は基本的に現地に経営を委ねてきました。第二が、資源集積による規模のメリット追求です。IBMは、製造部門をこの考えで組織化しています。かつて汎用機とPC併存の時代に、日本IBMは主要ハードの生産拠点であり、輸出額が年に3千億円を越える時もありました。現在では、それが殆ど消えてしまいました。それでも、業容を維持しているのは、サービス・ビジネス化に成功したということです。最大の課題は利益率です。日系IT企業より数段高い利益率なのですが、グローバル競争には低すぎます。第三は、全体最適(アービトラージ)です。それぞれの現地法人の強み弱みを組み合わせて最適化することです。IBMは、サービス・ビジネス化を進めてきましたが、最近ではソフト化も急速に進めています。規模のメリット戦略や利益率などを考えると、サービス・ビジネスだけで成長は無理と判断したようです。そこで、インドや中国がクローズアップされて、大規模投資が行なわれています。組織面の全体最適を推し進めるのでしょう。日本IBMのおかれた立場は、世界IT産業における日本のIT業界と相似形です。

サービス化に成功したものの労働集約型から進化できない日本IBMですが、優秀な技術者と優良な大企業顧客を抱えています。その顧客は活動拠点を海外に移しています。国別テリトリーを越えて、これら日本企業に対するサービス・ビジネスを提供するために、日本IBM社員のテリトリーと評価制度を適合させようとするのが、今回の組織変更と思います。成功すれば、他のIBM現地法人にも適用するでしょう。大いなる試みで、経営論、組織論の学者達の良い材料となります。ただ、日本における個人ビジネスはPC撤退と同時に実質消滅しましたが、中小企業ビジネスはどうするのでしょう?この分野はローカライゼーションが不可欠です。代理店にまかすのでしょうか?最大の疑問は、何故、最もドメスティックな民族である日本を、巨大リスクを省みずに実験台とするのか?それだけの理由がある筈です。そして、日本の大手IT企業はどうするのでしょう。何の戦略的兆しもありません。現地法人の陣容を広げている程度で、国内は利益なき繁忙です。