本人確認(巣鴨信金のローテク商品)


カード犯罪に関連して銀行の対応遅れを非難する声が高まっています。金融庁も2月を目処に、銀行業界に対する指導方針を決定するそうです。銀行界では、ICカード化、生体認証、引出制限額登録制、暗証番号変更の簡便化などで対応しつつあります。そのコスト負担やシステム対応の技術的課題など頭の痛い問題ですが、不為を続けると行政やマスコミから、どのような仕打ちがあるかも知れません。マスコミは、銀行側負担で対策を進めるのが当り前と考えているようで、○○銀行がICカードを無料で配付するとか、XX銀行は保険を無料でつけるとかいった記事を連載しています。銀行が、ここで安易な無料対策を展開すれば、またしばらくは、リテールバンキングを慈善事業として続けざるをえなくなります。また、この程度の無料サービスで、優良な新規顧客を他行から奪えるとも思えません。銀行は、本気で価格戦略を練る必要があるでしょう。

預金残の多い顧客や自ら安全を確保しようとする顧客は、ATMから窓口に変更しつつあるようです。銀行は、ここでも自動化機器対応と対面対応との二重投資をせざるをえません。

日経新聞の17年2月9日号に面白いニュースが載っていました。巣鴨信金が「カードなし、入出金は窓口だけ」という預金を発売するということです。名付けて「がんじがらめの安心口座、盗人御用」だそうです。記事を見た途端に、「いかにも巣鴨らしくて良いな。信金の原点かもしれない。」と感じたものです。筆者は10数年前迄、当金庫を何度も訪問したものです。都度、周辺の街並みや有名な刺抜き地蔵を歩き回りました。まさに東京城北の下町で、商店・中小企業が密集し、昼夜ともに人通りの多い地域です。地域金融機関の営業職員が自転車やバイクで走りまわっていました。都銀が勝てない理由を垣間見た気がしたものです。特に、巣鴨信金は、事務効率化にも厳しく、大阪の信金のような合理的な価値観を持ちながら、顧客密着には想像を超えるものがありました。商店などのご隠居が重病の際は、病院への見舞いどころか、病状の把握、葬式手伝いまで親戚なみの面倒見には驚いたものです。

巣鴨信金の新預金は、カードなしの通帳のみ、口座開設店以外での取引は不可、本人以外も不可、写真入り身分証明書の提示が必要、取引の際には顔パスと合言葉が必要というように、昔のような取引手法です。ゲーム感覚とも言えます。年間手数料を1260円取りますから、採算の可否は別として、ビジネスとして考えていることも評価できます。1日平均2千人以上の来店客があり、装置産業化が進んだ大手銀行では無理な方法でしょう。しかし、サービス産業化の方向性を考えれば、面白い先行事例になるでしょう。いっそのこと、レトロ調の店舗デザインと制服にしたら、若い人にも受けるかもしれません。

総合口座は、昭和47年に発売され、一挙に普及しました。普通預金・口座振替・定期預金・当座貸越を一体化した、決済・貯蓄・ローンのワンストップ商品です。この商品があればこそ、給与振込みやCD/ATMの普及がありました。日本の銀行界が世界に誇れる発明商品と言って良いでしょう。その利便性が、偽造カードのような犯罪で根幹が揺らぎつつあります。性善説を前提にした銀行商品の安全性に陰りが出てきたということです。

20年ほど前、米国銀行に日本のFBを説明したことがあります。ほぼ全自動で、最後に実行キーを押すと資金異動が完結するという説明をしたら、米銀の人は絶句していました。「米国では、機械も他人も信用しない。だから、顧客が実行キーを押したあと、別の銀行担当者が電話などで取引意思の確認をしてから資金移動を完結する。」と言うのです。筆者が「それでは、効率化にならんではないか。」と言いますと「ハイリスクの効率は無意味だ。」と切り替えされました。技術に対しても性悪説を持っていたのに驚いた記憶があります。

日本の銀行は預金中心で、受け入れを断れないだけでなく、運用先もないのに預金集めをしています。手数料を貰うのは、何かアコギなことと思っているようでもあります。マネーフローが変わり、銀行のビジネスモデルも変わっているのに、それに対応出来ずにいます。世論やマスコミに対する啓蒙活動も腰が引けています。言うべきことが言えない状態で、どのように新しい事業構造に変えるのでしょうか?昨今の偽造カード騒ぎは、表面的に対応しては駄目だと思います。サービス産業としての銀行ビジネスを考えて、自動化(画一的チェックアンドバランス)一点張りや、何でも無料というビジネスから脱却する良い機会かと思っているのですが。ディープ・シンキングとストラテジック・シンキングが望まれています。何も発明が必要なわけではありません。