個人情報流出(金融庁の紛失事案)


日経新聞平成16年10月19日号に、目立たない形で掲載された記事です。金融庁が銀行から提出されたマネロン関連データのFDを紛失したということです。記事は、さりげなく結果事実のみを報じていました。金融庁のHPを見ましたら、簡単な事実報告ページが公開されていました。10月18日付けです。

http://www.fsa.go.jp/news/newsj/16/sonota/f-20041018-1.html

マネロンの疑わしい取引は銀行から金融庁に報告義務があり、金融庁は更に怪しいと思った取引を警察に届け出します。今回の事案は、7月末に銀行から提出された二枚のFDをなくしたということです。どんな組織でもあることだと思いますが、マスコミに大きく扱わないでと依頼して、その通りの扱いをするマスコミにも、義憤らしきものを感じます。FSAの立場からすれば、外部に知られたくない事故だとは思いますが、日常、民間の銀行にことさら厳しい姿勢を取っているだけに、自分だけ隠そうとしてという気持ちも半分です。

金融庁は、漏洩事案があれば、即座に経営トップに報告するとともに、当局に報告するように通達を出しています。厳正な処置を行うとも繰り返して言っています。それが、車上荒らしであろうが、暗号化されたファイルの盗難であろうがです。今回は、公表まで2ヵ月近く経っています。内部でどれだけ探したか知りませんが、マネロン情報ですから生半可な情報ではありません。それが、外部に漏れて、銀行名付きで対象者が特定されたら、大変な騒ぎとなるでしょう。「漏洩した痕跡はなく、内部の監察官が調査している。その結果を受けて再発防止策を講じます。」という報告で納得する人は、どの位いるでしょう?金融庁の個人情報保護ガイドラインの中味が楽しみになってきます。他人に強制するのですから、自分はもっと厳重に運用することでしょう。

民間の銀行からすれば、昨今の金融庁担当官の傲慢無礼な態度は、何とも腹に据え兼ねるものがあるようです。UFJの検査忌避にしても、それ自体は許されないルール破りでしょうが、そこに至るに当たって、金融庁の担当官との感情的軋轢があったであろうことは容易に想像できます。特に態度の悪いタイプに二つあるそうです。第一は、監査法人崩れの若い女性担当官、第二は、民間銀行上がり(?)ということです。これも判る気がします。納税者である銀行と、その従業員に対して、権力と権限を混在した高圧的かつ不条理な態度を取ることが多いようで、筆者もしばしば、酒の肴に延々と聞かされることがあります。他人事ながら腹が立ってきますし、昔の大蔵省時代が良かったと思います。何故、こんな風潮になったのかとも思います。恐らく、上層部の人格なのでしょう。それは、民間でも同じ組織の定理です。

といって、金融庁のチョンボを責め立てても仕方ありません。人間のやることですから、ミスはつきものです。要はミスを減らして、再発を防止するだけです。役所はゴメンですみ、民間は役所に処罰されるという違いがあるだけです。

昔、頻繁に大蔵省銀行局に出入りしたことがあります。役所特有で、机の上は書類の山です。まともに仕事ができる状況ではありません。金融庁はそれほどひどくはないと思います。何故なら、昔でも検査官の机は整然としていたからです。機密保持の基本は、書類の整理と確実な保管です。事務室を見れば、その組織の機密情報管理状態は歴然です。その点で、役所はわが国で最も低レベルと言えるでしょう。これまでも、機密情報紛失、漏洩は数多くあったと思います。金融庁が、今回、公表したこと自体は誉められるべきです。随分と迷ったこととは思いますが。隠しても、洩れた場合のリスクを考えれば、公表する方が安全です。ただ、急いでクリーンデスク・キャンペーンを実施すべきでしょう。でないと、繰り返します。担当者と管理者の処分はそれからです。

スポーツの審判でも、杓子定規なルール適用をする人はヘボと評価され、ゲームそのものを壊します。ルールも目的を実現することと、その際に恣意的裁量で不公平・不公正が発生しないように透明性と説得性があれば良いのでしょう。その判断のできないヘボが、杓子定規をやるのです。審判もミスを犯します。それを理解される人が良い審判なのでしょう。権限よりも権威が大切です。

大蔵省時代には、それがあったということでしょう。

昨今の金融機関にとって、最大のリスク(脅威)は規制リスクであり、行政リスクです。来春にかけて、地域金融機関に対する金融庁の様々な圧力が強まると懸念されています。当局は、それが市場の為であり、国民経済の為であると信じているでしょう。しかし、その判断は国民が行います。その為には、マスコミはもっと中立的な報道姿勢を取るべきでしょう。今は、余りに行政よりです。MOF接待疑惑当時とは180度の様変わりです。金融庁の報道機関に成り果てることは自殺行為です。もっとも、デイスクロージャに消極的な金融界からは、ロクな情報が入らないので仕方のない側面もありますが。

主要新聞は、早急に記名記事化を実施すべきです。我々は、記者を格付けして、記事の公正さ、公平さ、納得性を評価します。でなければ、あまりにもアンバランスであり、アンフェアです。このコメント欄は、多くのマスコミ関係者や役所の人にも見て頂いてますので、敢えてマスコミ批判をしています。来春にかけて、FSAの矛先は地域金融機関に向かいます。その時に公正な議論がなされるために、マスコミを通じた国民による行政の監視が不可欠です。