◇銀行CRMとテクノロジー動向◇

(地域金融機関の視点より)

 
  当レポートは、『近代セールス』平成15年3月1日号への寄稿に加筆したものです。

基本認識として、「CRMと称するシステムが数多く導入されているが、銀行の現場で本格的に利用されている例は少ない」ということがあります。それはITドリブンのCRM化が多く、ビジネス現場におけるCRM活用体制がないことが原因と考えられます。

営業活動のような環境と状況に合わせて変化する業務においては、プロセスやデータを事前に設計(固定)する方法ですと利用者ニーズと乖離してしまいます。

CRMでは、ITツールよりも利用技術の向上が重要だと考えられます。ITに費やす費用の20%でも良いので、利用者訓練に振り替えるべきでしょう


ここ数年間における金融機関の戦略的IT投資は、CRMとWebチャネルに代表される。
10年ほど前,米国で注目され始めたCRMは、

◇複数のサブシステムに分散していた顧客関連情報を統合或いは連動させて、
◇顧客セグメントやライフステージに応じて購買ステージを定義し、
◇購買ステージが進む瞬間(MOT:モーメント・オブ・トルース)毎の効果的なアプローチ方法や必要情報を各販売チャネルに提示する。

それによって、最終的な購入決定に至る時間と成約率を改善しようとするものだった。

しかし、実際のところ、米国銀行CRMの原点は、サブシステム毎に分散している顧客情報の一元化にあったと言える。決して、高度なマーケテイング手法が牽引したものではない。むしろCRMシステムが銀行にマーケテイング手法の導入を誘引したのである。

1.CRMの目的と課題

わが国金融界のCRMも、営業手法とITの進歩によって、段階的に進められてきた。

[第一段階]アウトバウンド型コールセンター

日本では米国より早く、CMFやCIFの形で顧客情報が蓄積されていたので、アウトバウンド型のコ−ルセンターから開始された。電話やDMによる期日案内や商品販売である。顧客からは不評であり、また、日中の着信率の低さなど多くの課題が浮き上がった。

[第二段階]インバウンド型コ−ルセンター

各種の問い合わせや取引申し込みへの応対を支援するものである。前触れなしに電話してくる顧客に関する情報は、基本情報・属性情報だけでは不足であり、各サブシステム(勘定系、情報系、渉外支援、融資支援等)に蓄積されている最新の取引情報を一元的に、かつリアルタイムで検索できる必要がある。また、コールセンターだけでなく、営業店や渉外担当者の間で、顧客との折衝情報を共有する必要が出てきた。

同時期にインターネットの普及が始まり、e−メールやFaxなど他チャネルとの連動も必要となる。多様なメデイアによる情報を一元化するユニファイド・メッセージ化やマルチ・コンタクト・チャネル化が進んだ。

この段階の課題は投資額とチャネル戦略である。複数のサブシステムとのデータ連携や様々なチャネル・メデイアとの接続には膨大な費用と時間を要する。適切なチャネル配置とサポート・プロセスがない為に、混乱を引き起こす事例も多い。

[第三段階]SFA

SFA(セールス・フオース・オートメーション)と称して、営業目標、行動管理、成果管理にITを利用するものである。格付に応じた金利改訂折衝に利用する動きもある。渉外支援システムは、H端やP端からPDA化されたものの、余り利用されないケースが多かった。しかし、最近はWeb化により、リアルで使いやすいシステム化が可能となっている。

また、経験事例を蓄積・共有することで、営業活動効果を上げようとの試みもある。ナレッジマネジメント技術と呼ばれている。

WebモバイルによるSFAは、技術的にも費用的にも負担が少ない。むしろ業務面での課題がクローズアップされる。営業活動を定型化することで、営業担当者のモラル低下やスキル劣化が起こりやすい。管理至上プロセスはIT活用の本旨ではない。

ナレッジマネジメントも、難しい課題を抱えている。情報を提供する社員へのインセンテイブがなければ、入力してもらえない。利用する社員にそれなりの経験・知識が無ければ有効活用できない。営業手法や顧客応対パターンの標準化や訓練が前提となる。

[第四段階]アナリテイカルCRM

大手金融機関が試行を開始しているのが、BI(ビジネス・インテリジェンス)技術である。

膨大な顧客関連データをデータマイニングや統計的手法で分析する。信用リスク・モデルの構築にも利用されている。中には、数値情報や定型データのみでなく、非定型なテキスト・データを自然文のままで分析するテキストマイニングを併用するケースもある。折衝履歴のメモ情報を機械的に分析して、意外なルールを発見できることがある。訪問記録と併用なので、担当者の入力負担は少ない。

この段階での課題は、蓄積データの質量と情報咀嚼能力である。

銀行業務から得られる顧客属性や取引データを単にBIツールで分析しても何も得られないことが多い。銀行取引に関する顧客の目的や評価を内包する情報がないからである。多くの場合、履歴情報もない。統計的分析も、適切な仮説が前提になければ単なる数字の羅列となってしまう。数字から事象を読み取る能力も不可欠である。BI技術や統計技能だけではなく、マーケテイング、セールスに精通していることが前提条件となる。

2.地域金融機関のCRM業務戦略

地域金融機関がCRMを展開する際の前提となる業務戦略について考えてみたい。

−金融商品オープン化への対応−

金融ビジネスが益々、高度化・多様化していくことは確実であるが、ITはそれよりも、はるかに早い速度で変化していくだろう。世界最大規模の金融機関であっても、単独でIT対応することは不可能である。商品の開発・販売・保全の全てを一社が提供する垂直型から、機能が分割されて水平型の金融産業構造に進むのが必然である。

地域金融機関は、預貸ビジネスをコアとしながら、地域顧客に対するオープン・フイナンシャル・プロバイダー(中立的な金融商品販売者)として、他社商品をOEMブランド或いは代理販売の形で提供し、得られる販売手数料が主要収益源となるだろう。商品の寿命は短く、顧客との関係は長いので、市場のガバナンスは確保できる。オープン・フイナンシャル・プロバイダーに必要な機能は、顧客との信頼関係であり、必要な国内外の商品を入手できる体制であり、顧客の側に立ったコンサルテイング能力である。

−顧客別プライシング−

価格は、取引のロット、タイミング、収益性などによって変化して、一物多価となるだろう。商品の仕入れ価格のみでなく、ABCなどによるコスト管理と顧客毎の採算履歴などにより金利や手数料を設定することになる。格付けや担保管理、自己査定などとの連動も必要になるだろう。また、提携先企業と連携した顧客優遇施策が導入されよう。いわゆるポイント制の導入である。都度プライシングよりも、ポイント制の方が管理が容易であるだけでなく、カフエテリア方式によって顧客の選択岐が広がる。

−人的チャネルの強化−

チャネルは対面・非対面、インバウンド・アウトバウンドで四パターンに分類できる。戦略によって、各パターンへの重みづけは変わる。また、取引ステージによっても異なるだろう。

チャネルは、極力、顧客の側に外延化すべきだが、既存チャネルとの重複投資を覚悟しておくべきである。即日、既存チャネルが不要になるわけではない。地域金融機関のチャネルは、

人的チャネルが柱であり、電子チャネルは顧客との接点を拡充するツールである。対面チャネルに要求される機能は、顧客別の対応であり、顧客視点でのコンサルテイングであろう。ITによるワンツーワン・マーケテイングという考えに依存することは、地域金融機関にとって最大の強みである人的接点を劣化させる恐れがあるだろう。

−IT管理能力の確保−

ITの何を、自力で行うか、他力で行うかという問題である。他力には、共同化、アウトソーシング、ASPが考えられる。目先の経費削減に惑わされて、自社のIT能力を放棄すると、取り返しのつかないことになる。事業戦略の自由度を確保できるIT戦略が必要である。無用心にベンダー任せにすべきではない。日本では、経済合理性で自在に選択できるITサービス供給構造にはなっていない。自社IT部門に対する不平不満があるかもしれないが、そのような状況に至った責任の大半は経営にあると認識すべきである。技術の問題ではなく、マネジメントの問題である。

3.地域金融機関のCRM技術戦略と最近の技術動向

ITは極めて広範で、変化が激しい。全ての技術を追求することは不可能である。自社に重要な技術に的を絞るべきである。ここでは、ITを大きく五つに分類し、最近話題のテクノロジーを抽出してみた。

@ 基礎技術:ICやストレージ(記憶装置)のハード技術やデータの取扱いにおけるアルゴリズムなどである。CRMユーザーには直接関係しない。

アーカイブ・ストレージについて触れてみる。今年から本人確認の厳格化が実施された。膨大な身分証明書類は、通常業務では使わないが、必要時に即座に引き出せなくてはならない。光デイスクなどの書き換え不可能な記録媒体でなくては法的証拠とならない。保存コストや移動性も重要である。最近の製品は、10億文字分の記憶容量で3百円程度と以前は想像できなかった程、低価格化している。一装置で、30兆文字分の容量が可能である。顧客との折衝で発生する文字データ、イメージ(写真や音、動画)・データを全て、システムに蓄積できるようになった。

A アーキテクチャーとインフラ:ネットワーク・コンピューテイングやブロードバンド、システム連携、開発技法等のシステム基盤技術である。

Webサービスという新しい処理形態が普及をしだした。単純に言えば、必要な時に、他社の最適なプログラムを利用して、使用後に料金を払うのである。インターネット関連のソフト技術と連携処理時の手順を標準化したものである。自社商品のみでなく、国内外で流通している商品やサービスに精通し、Web上で展開できる技術がないと取り残されることになる。また、通信技術は更に高度化、高品質化していく。無線と有線の融合も進む。金融機関の閉鎖的かつ超低速な通信網では、全く対応できない時代となっている。早急にIP化ブロードバンド化を実施すべきである。その方がコストも低い。ATM網化や広域LAN化がコスト面で不可能であっても、今日では金融特化型VPNサービスも提供されており、セキュリテイ上の問題は余り大きくはない。

B データアクセス:情報処理はプロセス機能とデータから構成される。データの取扱い技術も重要である。Webを使ったインテリジェント・エージェント(指定した情報を自動的に検索・収集し、処理するソフト)などがチャネル戦略の柱となるだろう。

Webベース・セルフ・サービスと言われる使用法が注目される。顧客は、対面、電話、手紙、eメール、Faxなど、その時点で都合の良いメデイアで連絡してくる。質問・要望内容が、整理されてないことも多いだろう。それを整理しつつ、パターン化された過去の事例を参照して、自動的に処理する。難解な内容であれば、TV電話などで専門家に回付する。この結果、行職員は専門家と単純事務担当に一段と分化することになるだろう。

C アプリケーション技術: プロセス処理を司る技術である。データマイニング知識ベース技術が最近の注目であるが、社内や外部との連携処理や文書管理などもCRMに重要なビジネス・インフラである。

  CRMパッケージは、シーベルやオニックスなどに代表される米国製パッケージが主流であるが、導入準備と費用の負担が大きい。Salesforce.comのようなASPサービスも普及しつつある。これはWebベースなので、低コスト・短期間で導入できる。初期段階ではASPを利用して、次の段階で、自社導入する方法も有効だろう。

 D ユーザー・インタフェース: ICカードやCTI,音声認識等、ITの利用者が操作する時に触れる技術である。

 ICタグ(荷札)が本格的に普及しだした。アンテナ付きでゴマ粒大のICを書類やケースに貼り付け、非接触でデータを 読み取ることができる。書類の内容はイメージ処理で電子化し、現物はICタグで別途集中保管すればペーパーフリーが 実現できる。現物や帳票を分類保管する必要がなくなるだけでも効果は大きい。

 また、ソニーのエデイに代表される非接触型ICカードが、業種を超えて大量に普及しだした。電子マネーとしても本 人確認手段としても、強力なツールとなるだろう。

 PCと通信機器の一体化は更に進みつつある。PCにPBXを組みこんだUnPBXのように、極めて廉価なCTI製品 が普及している。支店単位でコ−ルセンターを開設できる時代である。やがては、個人単位となるかもしれない。実用段 階に入りつつある音声認識と併用すれば、一人で何役も可能になる。

 第三世代携帯電話も販売開始された。画像を扱ったり、国際電話機能に加えて、IDカード読み取り機能がつくので、ICカードとの機能競合が発生する。ネットワーク・マネーとカード・マネーのすみわけが進むだろう。PDAと携帯電話の融合も始まっている。シャープはザウルスに電話機能を付加する実用実験を近く開始予定である。モバイル・チャネルが金融界でも実現することになる。また、通話料金定額制も出てきており、銀行カードの代わりに携帯電話を優良顧客に無償配布する戦術も出てくるだろう。

昨今、ユビキタス・コンピューテイングなる用語が頻繁に使われている。実態技術としては、インターネット上の個体を識別するIPアドレスである。IPv6という新しい規格によって、従来の32ビットから128ビットに拡張される。ほぼ無限な数の論理的個体をネット上で識別できることになる。加えて、物理的個体に非接触型のICタグを装着すると、無数の対象の特色・履歴を把握した上で、最適な情報或いは機能を提供できると言われている。長期的には、チャネル戦略、顧客関係管理、商品戦略、価格戦略などに大きな変革をもたらすことは確実である。

これら最新テクノロジーの大半は、勘定系システムとの緊密な連携を避ければ、極めて手軽に導入できる。金融以外の中小・零細事業者が既に活用していることが、それを証明している。地域金融機関も、新しいテクノロジーをもっと積極的に利用すべきであろう。

ただし、電子的なチャネルが普及するほど、人間的な対面チャネルの重要性が増すことを忘れてはならない。人間の技能とITリテラシーが共に進歩することが必要である。金融機関のIT化は、ITソリューション導入を目的化する傾向が強い。従来の勘定系業務のIT化であれば、単なる事務の自動化であるのでITリテラシーによる効果に大きな差は出なかった。しかし、営業活動支援となれば、その効果を左右するのは情報利用技術ということになる。現場目線での利用促進と情報活用の技能向上策がCRM成功のポイントである。

 

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