銀行決済のサービス革新

仮想通貨ビットコインの取引所MTGOXが破綻し、仮想通貨の信頼性に関する議論が日本でも盛んです。一方、米国などではビットコインを取扱う事業体が4千社を超えるなど、利便性と低コストを評価する動きが強まっています。先進各国の金融界では、仮想通貨の広まりを受けて、銀行決済サービスを見直す動きも出てきた。わが国でも、自民党IT戦略特命委員会等を中心に、デジタル・マネーに関する検討が進められていますし、銀行決済の24時間365日化を求める声も強まっています。グローバル化とIT化が更に進むとして、銀行決済の今後のあり方を考えてみました。

                      (当論考は平成26年3月末時点の関係機関の動きを前提に作成しています。)

 

仮想通貨ビットコインと貨幣

日本における本格的な仮想通貨は、1999年にソニーグループが旧さくら銀行などのサポートを得ながら、実証実験を経て、事業化したEdyが知られている。そこで使用されたFelicaを搭載したカードが電子マネーとして急速に普及した。その後、オンライン・ゲームにおけるVirtual Moneyと呼ばれるクーポン方式の価値交換手段が現れ、日本でも仮想通貨という呼称が使われるようになった。ビットコインは、管理主体がないとされるが、発行主体と利用範囲が特定される電子マネーや特定された取引関係内で使用されるクーポンに比べてオープンである点に特徴がある。

通貨は、国が発行する信用貨幣だとされる。金本位制の信用貨幣は、保管・移送の不便な金の所有権を証明する証書であるが、現在では国が価値を保証する信用貨幣である。通貨の上位概念である貨幣には、通貨の他に、特定のアイテムを価値の根拠とする商品貨幣や、小切手・手形・電子マネー等があるとされるが、いずれも最終的な価値保証には、通貨か預金(通貨と同義)を前提としている。このことは、通貨が電子化されて、グローバルな流通性を低コストで実現すれば、仮想通貨と称される決済媒体の存在意義は消滅することになる。

通貨としての機能には、@標準化された経済的価値基準 A経済的価値の交換媒体 B経済的価値の安全な貯蔵手段があるとされる。この基準から見ると、ビットコインを含む仮想通貨を通貨と呼ぶことは適切でないだろう。ビットコインを、クロスボーダーのクーポンだと見なせば、商品貨幣の一種だと考えることができる。

決済関連サービスの動向

仮想通貨の続出に止まらず、決済関連の新サービスも相次いでいる。今では、通販や公的支払いなどで、コンビニ収納はなくてならないものになった。宅配業者などによる代金引換サービスも普及している。本年3月末時点で決済代行会社は、30社にもなっている。両替や送金サービスを行う資金決済サービス会社は、1月末時点で実に234社が登録している。その他にも支払い保証、エスクロー・サービスなどを提供する企業も数多い。銀行の決済機能を中心として、多種多様な周辺サービスが存在する。決済に関わるコストとリスクを下げたい利用者にとって、合理化と効率化を図る余地が大きいことを意味している。銀行も支払い代行、集金代行、支払い保証などを手がけてはいるが、専業事業者に比べると、サービス範囲、料金、サービス・レベルにおいて競争力が劣るようだ。

消費者にとって、信用できる相手への定期の支払いであれば口座振替が便利だが、不定期、不定額、または口座情報を提示したくない場合などは、コンビニ収納を利用することが多い。銀行のデリバリー・ポイントに出向く労力、サービス時間、手数料に大きなメリット差があり、会員カードを使えばプレミアム・ポイントを得ることもできる。

販売者にとっては、ポイント等による顧客囲い込みが期待できるだけでなく、代金の回収、売掛金管理業務などを効率化できる。

逆に言えば、銀行がこうしたニーズに応えていれば、決済代行や資金決済サービスといった収益機会を得ていたことを意味する。

銀行決済の仕組み

銀行が前述のような決済周辺サービスを提供しなかったのは、何故なのか?コンビニや宅配業者のような緻密なデリバリー・ポイントがないからなのか。それとも、銀行の事務処理体制では、顧客が受容するような料金で提供できないからなのか。決済情報の入力作業を顧客が行うのか、請求者が作成するのか、決済業者が行うのかによって、コスト負担の配分は大きく異なる。流通物流業者は、この問題をバーコードで解決している。携帯電話ででも解決できる。銀行がバーコードに消極的な理由は、理解できない。確かにマルチペイメントを導入したが、本気で普及を図ったとは思えない。また、携帯電話にしても、住民票のような写真なし証明より数段に本人確認の確実性は高いのだが、未だ本格展開する銀行は少数である。銀行が決済サービス革新に前向きになれないのは、単独では仕組みを変更することができず、業界全体の合意が必要だからかもしれない。

日本の銀行決済網は、主に日銀ネットと全銀システムで構成される。米国のACHのような小口決済用で銀行以外の産業も参加できるような決済網はない。銀行決済の基本機能は、以下のように単純化できる。

送金元顧客の銀行口座(銀行名、支店名、口座種類、口座番号等)から指示された金額を銀行(仕向行)が一旦預かり、送金先の銀行(被仕向行)に、支店名、口座種類、口座番号、口座名義人、送金額を伝達し、被子向行が受取人口座に入金する。(この送金情報の伝達手段が全銀システム)顧客同士の決済処理はこれで終わるが、仕向行は送金額を預かっている状態で、被仕向行は送金額を立て替えている状態である。銀行間の精算は、日銀ネットという銀行間決済システムを使って行われる。日本には1千を超える預金取扱い金融機関があり、それを全て組合せて1件ずつ処理すると、事務負担が膨大になる。全銀システムが、銀行別に、その日に送金した金額と受け取るべき金額を計算し、その差額だけを移動させる。これをネッティング決済と言うが、その精算に日銀ネットが使われる。日銀ネットは、決済リスクの縮減や事務効率向上の為に、機能の改善を積み重ね、国際的にも高い水準にある。


決済システムのコスト

決済に関わるコストを羅列すると以下のようなコスト要素が上げられる。

@       通貨発行管理コスト:日銀券など通貨の発行コストは微少である。米国の紙幣1千枚の製造コストは、額面に係わらず26ドルだとする調査もある。むしろ、発行後の管理移送保管コストの方が高いだろう。

A       クリアリング・コスト:支払い者、受取人、決済仲介者間における、最終決済額算出までの事務コストであり、決済コストの大半を占める。

B       セツルメント・コスト:クリアリング後に、支払い者、受取人、決済仲介者の全当事者における最終決済額の精算を完了するコスト。先進国の決済システムでは、決済当事者の銀行口座、銀行が中央銀行に保有する預金口座の間で資金データの振替え処理となる。本来、そのコストは微々たるものである。

C       リプレースメント・コスト:取引当事者の誰かが債務の不履行を行い、債権者が代替手当てに要するコストである。DVP(Delivery vs Payment)のような、購入物を確認して受け取る時点で支払う仕組みへのニーズは大きい。

D       プリンシパル・コスト:受け取り資金の取り逸れコストである。回収リスク、与信リスクなどとも呼ばれる。非対面取引や偽札流通量の多い場合に重視される。

E       当事者処理コスト:販売者、購入者の決済額計算、請求管理、支払い管理に関わる事務コストで、これも大きなコスト要因であるが、昨今ではIT化が進んでいる。銀行決済では、支払い者コードや請求番号、支払い明細データなど付加サービスが求められている。

F       フロートコスト:最終的に決済完了するまでの間、関係者のいずれかに資金が滞留する。それから得られる利子相当額が、滞留資金保有者には利益となるが、他の者にはコストとなる。クレジットカードの利用から代金引落し迄のユーザンスも該当する。

G       外貨調達コスト:海外送金における外貨購入手数料や通貨レート変動リスクが相当する。新興国の場合は、中間に米ドル購入などが加わる為、極めて大きなコストとなる。ビットコインは、このコストを節減できる仕組みでもある。

決済に関わるコストを単なる資金移動コストと捉えると、事業機会を見誤る。銀行もCMSやグルーバルCMS等で、企業向け決済サービスの拡充に力を入れてきたが、海外先進行に比べてサービス・レベルは未だ低く、個人向けサービスの開拓は未着手である。

銀行決済サービスの実情

かつて銀行は、「決済は銀行の固有業務」として、新規の決済サービスに対して、強い反対姿勢を示した。しかし、最近は新規参入に寛容になったようだ。

日本の銀行が、かつて、他業態からの決済サービス参入に冷淡だったのには理由がある。まず、日本の決済では銀行依存が高いことに問題が無く、むしろ、信用秩序を守ることに合理性があった。銀行の業務処理は正確堅実と信用され、口座振替のように顧客口座から自動的に資金が引き落とす仕組みに利用者の違和感がない。米国では小切手支払いが中心であるが、これはデビット方式である。つまり、小切手代金を引き落とそうとした時点で残高不足であれば、小切手受取人が資金回収を行わなければならない。加えて銀行のバックオフィス業務は、日本に比べれば不正確、非効率である。少額小切手でも、長時間、銀行窓口に並ばなければならない。決済はその国の国民文化や慣習を色濃く反映する。

銀行の決済手数料は高いというイメージがある。実は、銀行にとって決済サービスは、全く収益に貢献していない。全国銀行の為替手数料収支は5千億円前後である。顧客から手数料として約1兆円を受け取るが他行などへの手数料支払いに約5千億円が消える。残り5千億円から、事務処理人件費とIT費用など物件費を差し引けば、恐らく赤字であろう。個人が5万円を送金すると手数料は約800円であるが、法人が100億円を送金しても800円である。しかも、その手数料のうち、200円は印紙税相当額である。更に、全銀システムへの支払いを行えば、残りは極めて少ない。決済は銀行にとって、預金を確保する手段という、極めて旧式なビジネスモデルなのである。では、収益が低いから新規サービスに慎重だったのであろうか。どうも産業構造の特性が影響するようだ。

決済ビジネスは典型的なネットワーク・ビジネスである。いわゆる外部依存性が強く働く。外部依存性とは、参加者の多小によって利便性と効率性が決定されることである。外部依存性に加えて、過剰慣性(新サービスに移行し難い)と経路依存性(現サービス特性が、新技術などによる革新や経路に強く影響する)も強く、結果として自然独占状態となる。国は、それを承知だったから、大手銀行によるサービス革新を抑制してきた。また、顧客側にも、銀行決済を他に乗り換えるインセンティブはなく、その結果、新規参入者も殆ど現れなかった。

ところが、技術革新の結果、電子マネーなど新たな小口決済サービスが出現し、急速に普及した。全銀協などは、こうした動きは技術革新だけでなく、社会や経済環境の変化が大きく影響していると考え、2000年頃から決済サービスの動向と望ましい方向性について調査研究している。サービス革新が必要との提言も行っている。しかし、個々の銀行にとっては、収益に貢献しない消費者向け小口決済よりも、大口取引を行う法人向け決済サービスに、改善意識が向かっていることも事実である。

決済サービスの革新に向けて

経済や社会活動のネットワーク化とグローバル化は引き続き進展している。決済サービスのデリバリー・ポイントは、使用メディアを多様化しつつ、銀行窓口から顧客側へ外延化している。当然、決済サービスの多様化と高度化が求められるが、自然独占の共同決済システムは、その変化するニーズに即応できない。その隙間を埋めようと新規参入者が続出する。個人の消費支出は年間280兆円であるが、決済サービス手数料を1%と仮定すれば、個人向け決済サービス市場規模は、2兆8千億円程度となる。無視できない市場である。

ところで、銀行が決済では利益を上げていないと前述した。その理由は何か。料金が安いからか。銀行は装置産業と言われるが、実は労働集約産業でもある。その原因は、伝票と現金である。韓国のように国が主導して徹底的なクレジットカード化を進め、現金と伝票を排除できれば良いが、日本では国民の受容と協力がないと、ペーパーレス化もキャッシュレス化もできない。それを推進するのは、やはりIT化とグローバル化であろう。

2020年の東京オリンピックでは、来日客向けに欧米的な決済サービスを提供せざるを得ない。特にデビットカードが、DVPとPVP(Payment vs Payment)を実現し、決済に関わるTCOを引き下げることになる。その頃にはM2M技術も普及しているだろう。わが国決済システムを大きく変革する機会である。メガバンクのように単独でネットワーク外部依存性を確保できる規模のプレイヤーも存在する。大都市圏以外の地域にも、決済システム変革を引き起こす為には、銀行協会、或いは、日銀か国による仮想通貨の発行も効果的であろう。決済システムは、代表的な国家インフラの一つであり、その革新は、経済活動全般に大きな影響を与え、レバレッジ効果も大きい。電子決済を含めた金融ITを社会インフラに適応させることは、銀行界に与えられた社会的使命といえるだろう。

 

                                             (平成26年6月 島田 直貴)