◇ 郵便局会社のビジネスモデルに関する推考 ◇


当論考は、金融ジャーナル2006年12月号への寄稿文に加筆したものです。

マスコミなどでは、ちょきん銀行の新規業務参入とそれに対する民間銀行の反対意見の紹介が中心に報道されますが、当寄稿では、貯金、保険、郵便の三事業の窓口業務を受託する郵便局会社の視点から、その戦略を考察してみました。



郵政民営化に関する筆者私見

郵政民営化に関しては賛否両論があり、その立場によって郵政のビジネスモデルに関する意見は大きく分れることになる。論ずる前に、郵政民営化に対する筆者の考えを明確にしておく必要があるだろう。

筆者は、35年に渡って民間金融機関のIT化に携わってきたこともあり、郵便貯金に対しては顧客の競争相手という認識を持ってきた。一方で、各種の顧客満足度調査を見ると、郵便局が常に民間金融機関よりも高く評価されており、それが職員の接客マナーなどに基づくものであることを考えると、民営化前の国鉄などとは異なる視点が必要だとも考えていた。官から民へという方向性、政府の財政投融資の資金フローを変えるためにも、小泉内閣の郵政民営化に対して積極的賛成派であった。成熟社会に入った日本が一定水準の成長を確保するには、当時1400兆円とされた個人の金融資産を最大限活用して、金融収益を得ることだとも確信していた。仮に、この1400兆円を5%で運用すれば、それだけで日本のGDPは14%成長することになる。70兆円といえばGDP世界16位のオランダの年間GDPに相当する金額である。実際は、このように単純な話ではないが、それほど影響力のある国民財産を眠らせずに活用するためには、貯蓄から投資へという流れは避けられない。その為には、郵貯にも個人マネーのパイプラインを変えてもらう必要があると考えていた。

郵政民営化法案が国会で可決され、日本郵政株式会社の承継計画や郵政公社の改革案が発表される都度、その内容を精査してみた。複数の地銀を含め民間金融機関との意見交換や受託調査も行なった。痛感したことが三点ある。

第1は、郵政民営化の道のりは長く、また、極めて難しいということ。郵政は、明治時代の軍費調達手段として始まり、先の敗戦における帰還兵や帰国民間人の就職先としてなど、常に国策の手段として利用されてきた巨大組織である。これが、グローバル化、IT化しつつ、競争が激化し変化も速い金融の世界に新たに参入しなおすのである。簡単である筈がない。民間金融機関への移行に失敗すれば、多くの職員だけでなく、金融産業全体も国民経済も多大なマイナス・インパクトを被ることになる。失敗はさせられないという大前提を持つべきである。

第2は、殆どの国民が郵政民営化の意味、意義、手順を理解していない。多くの人は、現在の郵政が公社化されていることに気づいていないし、今年10月に持株会社の下で三事業会社と局会社に分割されることも、まして、各社の役割機能や将来計画の存在すらも知らない。金融機関に勤務する人達の中ですら、今年10月に国営が民営になるだけという認識の人が多いことには驚きすら感じる。

第3は、ゆうちょ銀行やかんぽ保険の新規事業に反対する人達の意見は、既得権護持の印象が強く、国民の支持は全く得られていないことである。公平・公正な競争条件の要求など、内容は至極もっともなのだが、受益者である国民の視点からの論拠が少ないからなのだろう。単なるパイの奪い合いと受け取られている。両者対立が激化すればニュースバリューが高まるのか、マスコミは煽ろうとするが、国民の目は極めて冷ややかである。民間金融機関としては、今後の金融ビジネスの経営環境変化を整理して、自社の戦略における民営郵政グループの位置付けを見なおすべきである。既に民営化は国策として進められており、国策を変えるだけの力を持たない限りは、この環境変化をどう受け止めて活かすかが経営責任だと思う。

以下に郵便局会社の立場から見た戦略の方向性を概観してみる。




郵便局会社を支えるのは金融事業2社

郵便局株式会社(以下局会社)は、郵便局会社法によって日本郵政株式会社(将来ともに株式の3分の一超を国が保有)の100%子会社として事業会社となる。発足時の業務は公社時代とほぼ同じで、郵便事業、貯金事業、簡易保険事業を当該事業会社の代理業務として提供する。社員数、拠点数ともに郵政グループ最大規模の顧客接点専門企業となる(資料1)。事業目的は、「郵便窓口業務及び郵便局を活用して行う地域住民の利便の増進に資する業務を営むこと。」とされており、業務範囲は原則自由であるが、国により設置基準が義務付けられ拠点統廃合などのリストラ自由度はない。

公社資料によれば、代表的規模の郵便局は資料2のように分割され、職員の60%は局会社に配属となる。収益の大半は貯金と簡保の業務委託手数料である(資料3)。平成17年度の貯金事業は、約5万5千人の職員と約250兆円の資産によって経常収益4.5兆円、経常費用2.2兆円であった。営業経費は9800億円で、一人当り経費は約1千8百万円である。民営化後は6500億円がゆうちょ銀行から委託費として支払われる計画である。ゆうちょ銀行に配属予定の職員数は11,400人であるから現状との差分43,600人が局会社で貯金業務を行うことになる。一人当り約15百万円の貯金窓口業務の年間受託収入である。局会社全体で一人当り経常費用が約1千万円という計画と比較すれば、貯金と簡保の代理業が局会社の収支を支えることは明らかである。

金融関連収益減少の補完が生き残り戦略

局会社としては、地域住民サービスを1兆2千億円強の経費で継続するための収益が必要である。一方で、ゆうちょ銀行は平成29年9月末までの株式売却が至上命題であり、平成22度内上場を目指して収益力強化に邁進するだろう。金利上昇リスクやコンプラ・リスクへの早急な対応と資産リバランスなどと併せて新たな収益源確保を優先せざるをえない。このことは、局会社にとって金融事業2社からの受託費増加は期待できないことを意味する。承継計画によれば、貯金残高は平成21年度まではほぼ現状維持だが、それ以降は年率6〜7%の減少率である。22年度からは貯金関連受託収入減を補うだけで毎年400億円程度の新規収益源を開拓する必要がある。また、ゆうちょ銀行が233、かんぽ保険が81の直営店を持つ計画となっている。人口10万以上の約200都市で総人口の70%近くを占めるが、そこでの金融関連収益の多くは局会社に入らないことを意味する。金融2社の全株式処分が完了する平成29年までに、局会社はこれらの都市で自前の金融関連業務基盤を確立するか、金融関連以外での生き残りを図るしかない。恐らく、民間金融機関の代理業などに進出するしかあるまい。

郵政民営化は、現在ではゆうちょ銀行とかんぽ保険の上場計画と同義である。民営化委員会において民間金融機関が民業圧迫懸念を示しても、上場のための対案がなければ、既得権護持のための抵抗とみなされている。金融2社の上場優先は、局会社の事業計画立案にも影響を与えている。承継計画には、3事業会社から局会社に配賦される委託費用が提示されているだけで、存続発展のための戦略は示されていない。持株会社が作成した計画を各事業会社が具体化詳細化した後で、局会社が事業戦略を考えるというのは余りに無理がある。承継計画にあるような印紙販売、バイク自賠責、投信販売、グリーティング・カード、代金収納代行、駐車場程度で年間4百億円以上の新収益確保は全く不可能で、これから新たな収益源を模索することになる。現時点で、金融事業会社と局会社によるパイの奪い合いが起きている訳ではないが、それは時間の問題と考える。

次世代局会社システムが生き残り戦略の柱

局会社の将来戦略を推測させる資料はないが、公社が昨年8月にITベンダーに配賦した「郵便局会社システムに関する資料等提供招聘説明書」が参考となりそうだ。局会社のITシステムは当面、事業会社各社のシステムを借用するが、独自システムの開発を早急に行うことになっている。19年度から開発に着手して、23年4月には稼動させたいようだ。対象業務は、郵便、銀行、保険の代理受託業務と並んで物販が上げられている。ネット販売や店頭販売などを想定している。つまり、現在のコンビニに銀行や保険の代理店機能を付加したものと考えて良いだろう。コンピテンシーとしては、地域密着と顧客情報の活用を考えている。各種取引から得られる顧客情報を整理活用することで、地域No.1の営業力を確保する計画だ。しかし、銀行代理業から得た顧客情報を他業に転用することは禁止されており、顧客情報の一元化は難しい。また、デジタル化された顧客情報のみで営業力を強化することも不可能である。結局は、郵政関連各社のみでなく、民間金融機関や事業会社の窓口業務を幅広く提供することで、地域の物販、物流、銀行、保険、信託、ノンバンク、各種サービス商品のワンストップ・チャネル化を目指す以外に選択肢はない。

問題は、特色、独自性をいかに発揮するかである。扱い商品が多いということは、顧客にも局職員にも、選択決定を難しくする。総合とは何もないことと同義の場合が多い。限られた局社スペースをいかに活用するかも課題である。情報リテラシー向上を前提として、革新的なデリバリー・チャネルを実現するITシステムが最大の戦略ツールとなるだろう。

幸いにも、金融事業2社も民間金融機関も、現時点では革新的な金融デリバリー・システムを構築する計画はないようだ。加えてIT革新は続いており、大きな影響を持つ動きも出ている。例えば、NTTグループのNGN、32ビット化による処理空間の実質無限化、非揮発性メモリーの実用化、各種ビジネス・インテリジェンス・ツールの普及、音声や画像による検索技術などなど引きも切らない。セカンドライフに代表されるオンライン・ゲームがB2Cのチャネルとして使われるようになっている。局会社としては、金融事業2社や民間金融機関よりも早く、金融ネットワーク・プラットフォームを構築すべきである。既存システムを持っておらず、新規開発で済むことは誠に幸いである。そして、既存店舗と合わせてリアルとサイバーを融合させたチャネルを構築すれば、金融事業者と顧客とのインタフェース事業を確保できる。このインタフェース事業に、何を含めるかがポイントであるが、本人確認や取引意思確認やアグリゲーション機能などを加えれば、顧客にも金融事業者にも喜ばれるであろう。ただし、全てを独占しようとすれば、金融事業者の反発を受けて顧客確保も難しくなることに留意が必要である。

顧客側の総合代理業を目指す?

金融中心のスーパーマーケット化を目指すとして、何社の代理店となる必要があるだろうか。投信や変額保険の販売手数料のように、年間数千億円という巨大市場は数少ない。そうした市場は競合も厳しい。例えば、公金収納が事業機会として注目されているが、取引件数が年間30億件として1件10円ならば300億円の市場である。その20%を局会社が得たとしても60億円の収入でしかない。この規模の新ビジネスを毎年6、7件は開拓し続けないと、年400億円の新収益源確保は不可能である。仮に実現できても、5年も経てば主要な新ビジネスだけで30種類以上となる。実際には失敗に終わる新事業が多いから、その数倍の新商品を開発することになろう。職員の販売力とシステム対応がついていけないことは明らかである。職員への負担も少なく、システム対応も可能な仕組みが必要である。具体的には、地域顧客のニーズに合った金融商品を取捨選択するか他社に新規開発させ、局会社の販売プロセスに合わせた業務処理体制を元受金融機関に作らせるしかない。商品開発を行なう元受企業の販売代理店ではなく、最終顧客のエージェント(代理業)という考え方である。ポイントは、単純な販売代理、媒介、取次に止まらず、自社の販売プロセスを確立して、元受金融機関には局会社方式に合わせてもらうことである。個別対応していたのでは、シングル・インタフェース提供とならないばかりでなく、窓口業務負担が大きくなるばかりで事業継続できないからである。

民間金融機関との提携戦略

このような総合代理業が局会社の戦略になると、提携先として選択すべき元受金融機関は、顧客基盤が大きく品揃えの豊富な大手か特色ある商品を保有する金融機関に限られる。メガバンクにとって、ゆうちょ銀行とは地域でも商品でも競合するが、局会社の拠点網と顧客基盤は魅力である。局会社にとって、販売支援、事務処理支援、ブランド、システム対応などメガバンクの組織力は価値が高い。一方、地域金融機関の代理店となるには、手間と時間を要する割に収入規模が小さすぎるかもしれない。道州制を見据えて地域トップバンクとの提携に止まるだろう。地方における金融勢力図が大きく変わる可能性が高まる。

地域金融機関の多くは、ゆうちょ銀行による民業圧迫を懸念して、新規業務の認可に否定的な姿勢を取り続けている。金融ビジネスの市場規模は一定或いは縮小傾向なので、競合先の増加は自社の業容縮小と同義に考えているようだ。競争と協調による市場拡大或いは創造という考えがなければ、経営環境変化に対応できないことは明らかである。顧客の選択が全てを決定することになる。ゆうちょ銀行が消えたとしても、局会社は国の資本の下に存続する。局会社はゆうちょ銀行の替わりに、メガバンクの代理業務を行なうだろう。この方が、地域金融機関には脅威なのではないか?

民間金融機関の反対で融資業務など新たな運用手段を閉ざされれば、ゆうちょ銀行としては、周辺業務すなわちノンバンク業務に注力せざるをえない。それも許されなければ、事業会社としての局会社が自力或いは代理店としてノンバンク業務を展開し、ゆうちょ銀行は局会社への資金供給に運用ルートを開くことになる。民間銀行は、旧来型融資業務を維持できても、市場型化する金融ビジネスの流れに取り残されることになる。市場が変わりつつあることを前提に郵政民営化を考える必要がある。民間金融機関としては、ゆうちょ銀行、局会社を分けて考え、それぞれとの関係を想定して能動的に動くべきである。仮に、全面競合の道を選ぶのであれば、強力に戦略展開を推進しなければ、自ら恐れているパターンに陥るだけである。

将来の金融市場の姿

民営化が完了する10年後における金融市場の姿を固定的にスケッチするのは危険である。しかし、大きな流れだけははっきりしている。それを前提に郵政グループ各社と民間金融機関各社は、戦略を考えてお互いの競争と協調の原則を決めておく必要がある。

経済的環境変化として、成熟化、サービス産業化、グローバル化、IT化の流れは無視できない。人口動態も産業構造も大きく変わるだろう。結果として、マネーフローも大きく変わる。例えば、現在約500兆円ある官民の融資残高は、国際的にみれば40%は多すぎる。長期的には、400兆円程度にまで縮小する可能性が高い。それまでは、極めて利幅の少ないビジネスであり続けるだろう。資金調達手段も運用手段も証券化していこう。金融機関としては、資産規模を競うのではなく、利益の絶対額と率を競うことになる。

こうした経済環境変化に合わせて、金融ビジネスも急速に変化していく。大きくは、市場型化であり、アンバンドリングであり、水平構造化である。一社で商品開発、販売、資産運用、口座管理など全てのプロセスを垂直統合で提供する従来のビジネスモデルは、分離し専門化されよう。そして業界は水平構造化していく。その過程で、独立FPや市場情報サービスなどが新たな事業機会として見なおしされるだろう。現在、進展しつつある金融の製販分離は、局会社によって一挙に加速されることになる。地域金融機関といえども、従来の垂直統合型ビジネスモデルでは、事業継続は難しくなるだろう。どのプロセス分野、商品分野を主軸とするのであろうか。プロセスによって成功要因は異なる。販売や管理では規模のメリットが死命を制し、運用や開発では知的資産とスピードが重要となるだろう。商品面でのビジネス・ラインは一見して総合化(コングロマリット化)しているようだが、実際にはアンバンドル化が進み、高度化・専門化しないと生き残れまい。こうして見ると、郵政民営化だけでなく、経営環境変化の影響を最も厳しく受ける地域金融機関が、変化を無視しているようにすら見える。それに対して、局会社のポジションは明確である。現在、保有している強みと弱みを考えれば、販売に特化し、商品やサービスは提携によって仕入れるほかない。金融事業者と顧客とのインタフェース・サービスに特化し、双方からフィーを得られれば価格は安くできる。それを巨大な全国拠点網とネットワーク・プラットフォームで固めれば、長期的な優位性を確保することは難しくあるまい。

社会インフラとしての局会社活用が必要

昨年10月18日の民営化委員会で公正取引委員会が興味深い提言を行っている。「郵便局の資産は国費で作られた国民共通の財産である。ついては、多くの民間企業でも活用されることが望ましい。」つまり、社会的財産として、広く民間金融機関の代理業も行うべしということだろう。多くの国民にとって、納得性の高い提言である。郵便局の販売力、事務処理能力、コンプラ対応力などに不安を持つ金融機関もあろうが、その拠点網、窓口職員数、ブランド、親密な顧客関係を無視する合理的理由はない。民間金融機関としては、新たな経営戦略を展開する契機とすべきである。具体的方法として多くのことが考えられるが、現金・現物の共同配送や事務集中処理など後方業務の共同化も容易なはずである。銀行の過疎地支店を郵便局に代理委託するのも良いかもしれない。その点、メガバンクやノンバンクが、そして、地銀でも現場担当者は、長期的・戦略的に柔軟な発想を持っている。民間金融機関の経営者は、顧客に「銀行と郵便局の共存の是非とあり方」を聞いてみたらどうだろうか?デリバリー戦略の改革必要性が認識できるはずである。


                                   (島田 直貴)