― 納税者番号制度とIT対応 ―


 

 このレポートは、平成15年12月に発行された日経BP社「経営+技術」特別編集号への寄稿に加筆したものです。

現在、国会及び財務省では、金融所得の一体課税化を検討しています。マル優廃止後、金融業界では、それに替わる番号体系を望む声があります。一方、現在に至っては、新たな番号体系の導入は、その労力・費用を考えると消極的にならざるをえないという事情もあります。

長期的に考えますと、納税者番号を導入することが、わが国税制改革に不可欠であることは、明らかです。中でも金融所得一体課税化を先行する場合、金融機関は他業界よりも先行して対応することが避けられません。

事業拡大のための戦略投資ではなく、制度案件に対するIT投資は避けたいと考えるのは自然ではありますが、むしろ早い段階で対応策を立てておき、事業展開に応用するくらいのことが必要でしょう。関連するIT企業にとっても、大きな影響を与える案件です。

当レポートは、確たる対応策を提示するものではありませんが、議論の契機になればと考え、紹介させていただきます。



 国会、税務当局、経済団体を中心に納税者番号制度の導入が議論されている。その目的は、法人・個人を問わず個別の番号を割り当てて、課税対象となる所得を正確に把握することにある。本人確認が正確に行なわれ、それが納税者番号と一元化されれば、経済取引・資金移動に伴う、収入と支払いを番号毎に把握できる。実際の税額は、申告書に基づいて計算されるが、税務当局にとっては収入の記載漏れや支出項目のチェックが容易となる。

正確な数値がある訳ではないが、アングラ経済等捕捉されていない所得額はGDPの20〜30%と言われる。その金額を仮に100兆円だとして、30%を新たに捕捉し、その税率を20%とすれば6兆円にもなる。税制改革の良い財源になるだろう。


長期的視点でコード体系を設計することが重要

情報システム構築においてコード体系は業務設計そのものとも言われるほど重要な業務インフラである。

納税者番号をコード化するにあたり、単に対象者数(例:10億人分)で桁数と文字種類を決めると長期的な問題を内包することになる。また、便利だからといって、番号に様々な意味を持たせ過ぎると後々困る。例えば、法人の納税者番号に事業所コードを付加できれば、経済取引にかかわるコンピューター処理を飛躍的に効率化できる。しかし、前提条件が変化し、コード体系を改定するとなると、関連するプログラムやファイル全てを確認し、修正する作業が発生する。これは2000年問題並みの労力・費用を要し、大変な混乱を生ずる場合もあり得る。

例えば、我々が目にする社会保険番号は4桁の記号(事業所等の認識番号)、6桁の番号(単純なシークェンス番号)で構成されている。いわば企業番号と社員番号の組合せであり、保険料の天引き徴収には便利である。しかし、今日のように転職が当り前の時代となると、対象者の保険番号管理に膨大な処理負担がかかり、事務ミスという副作用の危険性も高まる。

最新技術の活用

一方で、技術革新の進展は、コードの利便性と柔軟性を両立させることを可能にしつつある。特にハードウェアの低価格化とデータベース処理の超高速化を可能とするDBエンジンが重要である。これらの技術を組み合わせると、PCサーバー・クラスのハードでも数億件のデータを瞬時にJoin、ソート、検索することが出来る。

こうした最新技術の動向を勘案すると、納税者番号のコード体系は、順次自動採番方式が簡便である。コード自体にあまり意味を持たせず、主として対象者識別のためにだけコードを使う考え方である。あえて属性コードをつけるのであれば、居住者・非居住者と法人・個人の別程度にしておく。こうすれば、後々のコード体系修正・保守の作業負荷を最少化できる。そして、氏名・生年月日・住所・電話番号などの基本情報や扶養関係・雇用関係などの属性情報、過去の納税情報などは別々のデータベースに格納する。特定のアルゴリズムを使って、納税者番号と基本情報・属性情報・納税情報を紐付けできる仕組みを作っておけばよい。

従来は、ハード、ソフトの処理性能を考えて、一つのコード体系を軸として、全ての基本情報、属性情報、取引情報を組み込んでしまうことが多かった。この方法だと、拡充・修正・保守がやりにくいし、セキュリティ上の問題も大きい。これからは、分割格納した上で暗号化し、必要な時だけファイルJoinで分析・集計する仕組みが望ましい。

昨今、ユビキタスなる用語が普及しつつある。インターネットのアドレスを認識するコードIPv6は、2の128乗の個体を認識できる。電子取引(データ)は勿論だが、ICタグを使えば書類の移動トレースも可能である。技術的には、全ての取引行為と関与する個人を特定することが可能である。賛否はあるが、究極のユビキタス社会と言えよう。

我々としては、こうした技術革新や社会の変化を踏まえつつ、税制のあるべき姿を考え、共通化し、各論と短期的対応を選択することになる。政治や行政に委ねるばかりでなく、納税者(即ち公共サービスの受益者)として主体的に考えるべき命題であろう。

納税者番号の業務要件

技術的要件を詰めるためには、前提となる業務要件が明確になっている必要がある。納税者番号制度の運用概略を以下のように仮置きして、課題や導入方法を考える前提とする。

1.使用目的:日本国内および海外との経済活動によって発生する課税対象所得の把握。

2.対象者:法人、個人で過去、現在の所得税申告義務のある(あった)もの全て。

3. 発行・管理責任者:所得税所管官庁である財務省が責任を持つことになろう。コード体系は、徒に属性コードを付加することなく、シークエンシャル方式が柔軟性を担保するだろう。あえて属性コードを付けるとすれば、居住者・非居住者と法人・個人の別程度にしておく。また、データセキュリティ対策として、納税者番号と関連する情報は分離して蓄積保管する。必要に応じて関連情報を結合できるように、紐付けアルゴリズムを組みこんでおく。

4.利用方法:所得の受取人およびその支払人が財産移転の都度記録し、期間を定めて税務当局に報告する。税務当局は、納税者の申告内容と集約された報告内容とを付き合せる。

5.対象期間:一度発行した番号は半永久とし、当該者が死亡、清算等により消滅した場合に限り、一定期間(例:5年、10年等)後に再利用可能とする。記録の紛失等により番号が不明になった場合でも、税務当局が調査の上で告知することで、二重発行を回避する。個人・法人ともに登記簿に納税者番号付与済み等を記載することも、当人のみならず取引関係者にとっても便利かもしれない。

6.利用プロセス:他人に財貨の所有権を移転する場合に支払人は支払証憑に支払先の納税者番号を記録する。税務当局に通知義務のある取引に関しては、納税者番号を付記して報告する。税務当局は、納税者番号別に報告内容を集計しておく。当該納税者に対して申告前に閲覧を認めることも検討に値しよう。


検討課題と解決の方向性

法人のみでなく、ほぼ全国民に番号を付与して所得を把握することの是非は、政治的、文化的な配慮以外に、実務的・経済的に意味があるかとの議論も前提となるが、コンピュータ処理上での大きな問題としては以下の三点を抑える必要があろう。

―プライバシーの保護―

 番号を他人に知られる程度ではプライバシー侵害の恐れはあるまい。問題は、当該者の基本情報、属性情報、納税情報が漏れることである。対処策として、前述したように納税者番号と基本情報、属性情報、納税情報を分離保管するとともに、それぞれを暗号化しておく。特定のアルゴリズムと認証手続きを経ないとデータの関連がわからないようにすれば、仮にデータベースにおいて漏洩・搾取があっても、情報としての意味をなさない。とはいえ、管理資料や分析作業用に統合してダウンロードされたデータには別途、セキュリティ対策が必要なことは言うまでもない。データ管理当事者による誤操作や悪意による漏洩には内部管理と外部監査の充実が不可欠であり、また、一般の罰則規定とは異なる厳格な処罰規定も必要となろう。

―他の公的番号との並存―

公的な個人を特定する番号としては他に、社会保険番号、住民基本台帳番号、健康保険番号などがある。特に納税者番号との整合性で検討対象となるのが前二つの番号である。ただし、社会保険番号は法律により他の目的での使用は禁止されていることに加え、前述したように番号体系が納税者管理には不適当である。

経済同友会が提言するように、住基番号を納税者番号として利用できれば、納税情報と個人の登記情報を一元化できるので、極めて便利ではある。しかし、法人等が対象外であることや全国的に一元化された適用が未確定であることから、これを前提とした議論は現実的ではないだろう。

あまり知られてはいないが、もう一つ個人を特定する番号がある。国税庁の国税総合管理システム(KSK)が持っている番号である。これは申告のあった個人・法人に付番される数字八桁である。個人・法人の区分はできるが、一億人分しか対応できない。四桁の税務署番号と連結して使用されるが、税務署単位での徴税事務の効率化という側面が強い。

結論としては、新規に納税者番号を振ることが必要になるだろう。

―納税者番号の真贋判定手段―

取引の段階において、納税義務者が提示する番号が正確であるかどうかも問題になる。また、番号の正確性を誰が保証するのか、その確認をどのように行なうのか、といったことも重大な問題となる。

常識的には、税務当局が発行するであろう納税者カードが主に使われることになろう。その場合でも真贋の判定方法、その結果責任を誰が負うかという問題が出る。ICカードを使うとすれば、チップ内にどこまでの情報を記録するのかといったことも、事務効率とデータセキュリティやプライバシーの問題と係わってくる。

ネットワーク経由で確認するための認証機能も必要になる。番号発行元の税務当局が主体的役割を負うが、民間でも認証を業とするものが出てくるだろう。また、振込送金の際に、番号を自動表示するサービスを行なう銀行が現れるかもしれない。とはいえネットワーク方式では、全てのトランザクションを対象とする訳にはいかない。一段の普及を待たなくてはならないだろう。簡便性と正確性の兼ね合いと、事務処理インフラの整備状況からすれば、カード方式とネット方式の併用にならざるをえまい。

導入にあたってのロードマップ例


納税者番号は、その目的からすれば全個人、法人を対象に導入し、あらゆる経済取引と資産・所得の移転を記録することが究極の機能となろう。一方で、経済活動の秘匿性を損ない、柔軟な取引手法を制約する可能性のあることに強い抵抗が出ることも避けられまい。結果として現実的な着地とそれを実現する技術的実務的な裏付けが必要になる。総合的・長期的なロードマップに基づいて、国民の受容性とのバランスをとりながら導入・拡充を進めていく他ない。

関連する経済主体の事務コスト負担にも配慮がなされなくてはならない。特に膨大な事務負担を強いられるであろう金融機関や大手企業にとっては、該当取引の記録・保管・報告という作業は単なるコスト増であり、その上にデータの正確性を厳しく問われると、事業活動そのものを阻害する恐れが出てくる。こうしたコストをどう賄うか。一案として、国税当局が金融機関に対して、事務処理を有償で委託することが考えられる。

小口を含めた決済件数を年間500億件として、その三分の一を捕捉するとすれば、170億件前後のデータを処理する必要がある。銀行が地公体取引で要望している事務処理手数料が一件当り20〜30円だから、仮に30円として170億件分を有償委託しても5千1百億円である。冒頭で述べたように、兆円単位で税収増が可能になるのであれば、安いものと言える。これまで、収税事務を源泉徴収のような方式で企業などの所得の発生する場所に代行させてきた。今後、自己申告の比重を高めるためにも、収税事務の役割分担と費用負担のリデザインが必要になるだろう。

どの分野から納税者番号を導入するかも重要である。一気に全企業や国民に適用することは難しい。課税逃れを許さないという公平性を守りながら、国民の受容を得られ易い対象所得から適用していくことになるだろう。その意味で、財務省が検討している金融所得から導入を始めることは有効な方法と考えられる。

国民が比較的受け入れ易く、事務処理体制の実現性という意味で、金融所得や一時所得、雑所得から適用することは理にかなっている。配当所得や譲渡所得に分類される金融所得は、支払側が免許・登録事業者の金融機関であり、非勤労所得ということで大きな抵抗を避けやすいからである。同様の理由から公的年金などを主体とする雑所得や保険の一時金、満期返戻金なども先行導入しやすいであろう。ただし、免許事業者だからといって、一方的に無償の事務負担を強制するのは、時代錯誤と言うべきである。

別の考え方として、現在、公平・公正さに不備のある分野から先行導入し、徴税効率を上げることが、国民の支持を得やすいかもしれない。例えば、青色申告への適用である。ただ、この場合は、支払元が支払先の申告方式を確認する必要があるなど実務面での課題は残る。税務当局の事務負担軽減としてのメリットしかないかもしれないが、相続所得、贈与所得などを先行対象とする方法もあるだろう。

以上のように、所得種類、申告方式、取引種類などで分類して、国民受容性、実現可能性、実効性などからロードマップを設計すべきである。取り易い所から取るという方法は、実務的である一方、国民の支持を損なう可能性がある。その意味では、申告方式別という納税者の意思により選択できる方法で導入順位を決めることが望ましいだろう。ついで、所得種類からの順位付けであろう。取引種類は、契約方法などで操作できる可能性があるので公平性に疑問が残る。

ITの普及と活用は、所得発生の形態やタイミングを千変万化させることになる。長期的な社会変化を睨んだロードマップでなければ、即座に陳腐化してしまうことに注意すべきであろう。

マーケティングの発想が必要

国民の支持・協力を得るためには、マーケティングの発想を導入することが必要である。納税者番号という名称からして、税務当局の徴税事務効率化という印象が強い。納税者に単なる重税感や手続き負担感を与えることは、協力を得られにくくする。

要は、国が提供する公共サービスの顧客(納税者)に対するマーケティングを企画・実行することである。民間企業であれば、魅力的な商品・サービスを展開するだけでなく、より多くの対価を払ってもらうための様々なインセンティブを用意するのと同じことである。積極的協力者に対しては納税額や申告手続きの正確さなどで「納税格付け」するのも有効かもしれない。優良納税者にはポイントをプールして現金還付など優遇処置を行なうのも良いだろう。

納税手続きソフトの無償配布(オープンソフト)など申告手続き支援サービスも必要となる。

個人の国家資格保有者しか税務相談ができないという現在の税理士制度では、量的に対応が不可能となることは明らかである。IT活用の道を開くためにも、制度改革の検討が望まれよう。

最後に、税には単に公的活動資金の徴収という意味だけでなく、経済活動を一定の方向に誘導するという目的もあるのだから、免税・減税政策との組み合せも重要である。