◇金融ITケイパビリティの現状と動向◇


金融機関のITケイパビリティについて概説します。

日本金融通信社発行『FIT2002年秋季号』への寄稿論文に加筆したものです。大きな流れを把握するために、相当に短絡化した表現をしておりますので、その点をご勘案の上でお読みいただきますようお願いいたします。

金融のIT投資額は年間約2兆円

日本全体のIT投資額はおよそ20兆円(政府統計等)と推定されています。その約10%が金融業界の投資(IDC調査等)です。2000年になって、合併に伴うシステム統合などにより1990年頃の投資額に回復したという状況です。2001年は、7%ほど増加しましたが、2002年には、5%程度の減少が推定されています。業態別内訳は、銀行が60%、保険が20%、証券が10%、ノンバンクが10%という目安ですが、数多くの問題が顕在化しています。以下に代表的な課題と対応策をまとめてみました。

IT投資の構造的問題点

投資構成は急速に変化しています。第1はサービスとソフトへのシフトです。CRMやEAI関連のソフトが普及しました。他産業で普及したERPは、金融では採用されていません。第2はアウトソーシングや共同化が積極的に採用されていることです。開発や運用の外注化も加速しています。

投資動向で注意すべき点として

@ 大手金融機関と中小金融機関の投資格差が急速に拡大している。

4大銀行グループの2002年度IT予算は6000億円と見込まれます。(各社の経営健全化計画などより推測値であるが、最終的には10%前後を削減された模様)銀行界全体のIT支出が1兆2千億円程度なので約50%ということになります。10年程前の都市銀行の比率が30%台であったことを考えると大変な構成変化です。証券、保険の業界でも同様に、大手だけが投資額を増やし、中下位の企業は投資抑制しているか、あるいは市場から退出してしまいました。

A 2兆円という投資額でも、その大半は現行業務の保守・拡充費用であり、戦略的業務への投資は極めて少ない。                                  

   ここでいう戦略的業務とは、業務を抜本的にリエンジニアする、差別化商品を提供する、革新的に顧客サービスを改善するなどのことです。CRMやWebチャネルなどが代表的なものでしょう。しかしながら、CRMやWeb化などには、さほど巨額な投資は必要ありません。大半が現行システム関連への投資となれば、大手とそれ以外の金融機関とのITによる戦略的差異はないと言えます。むしろ規模のデメリットが発生していると考えることもできるでしょう。

金融機関の側に事業戦略とIT戦略を連動させて考えられる人材が不足していることが主たる原因です。また、ベンダー側の提案能力の劣化が著しいとも考えられます。同情的に見れば、経営環境の変化が激しく、技術も急速に変革している。その割には開発手法・効率は旧態依然である。変化を先導するよりも、横並びで顧客との人間関係を維持しているほうが効率的かもしれません。

B 開発の外注化が進み、金融機関の開発力、プロジェクト管理力が急速に劣化した。

ここ10年の間、大規模なプロジェクトは、合併によるシステム統合やネットワーク・インフラ再構築などでした。経営戦略から業務戦略に展開して、業務設計し、ソフト開発を行なうような大規模プロジェクトは殆どありませんでした。インフラ再構築などは、殆どベンダーへの丸投げです。結果として業務開発プロジェクトの遂行能力は、極端に弱体化しています。ある大手金融機関では、5万ステップを越えるプロジェクトを管理できるPMはもういないと嘆いています。このことが、アウトソーシング化を進める要因ともなっているのでしょう。しかしながら、本業ではないITベンダーの技術者が銀行員よりも銀行業務知識を持っているという幻想に惑わされてはなりません。ベンダー側の業務知識、開発スキルもも弱体化が進んでいます。実践の場がなかったのですから当然とも言えます。たかがと言いますと語弊がありますが、直近のIT費用をたかが20%ほど下げるために、アウトソースすることには、大いに疑問があります。中長期にはコスト高でしょうし、ITパワーを失うことになります。そもそも、勘定系が戦略的システムでないと考えること自体が、預貸が銀行の戦略的業務でないと言うに等しいでしょう。情報系は、戦略立案を支援するかも知れませんが、戦略そのものではありません。または、それほどまでに、自社のIT部門が役に立たないのでしょうか?だとすれば、それは誰の責任なのでしょうか?

IT機能の中には、外だししても良いものがあるのは事実です。しかし、それは、代替ベンダーを容易に入手できて、競争原理を確保できることが前提です。

C 数社の大手ITベンダーによる寡占が進み、IT業界が重層的下請け構造化している。結果として顧客金融機関の選択肢が狭まり、価格折衝力が弱体化している。

大手ベンダーSEの人月単価は150万円以上です。一人当たり名目年収の三倍前後の売上がなければ企業として採算割れですから、当然の単価水準ではあります。しかし、顧客企業が負担しきれる価格ではありません。そこで、ハードベンダーは、ハードウエア(大型汎用機)の利益でサービス価格の値引きを補填してきました。加えて、ソフト・ベンダーを系列化、下請け化することで、自社要員の高コストを薄めてきたのです。しかし、サーバー化・オープン化したことで、ハードの利益率は短期間に失われてしまい、補填は不可能となっています。

とはいえ、金融機関のベンダー選択基準はハード至上のままです。理由はサービスの品質や効率を客観的に評価する仕組みがなく、経営者が相変わらずハードベンダーのブランドでしか判断しないからです。ソフト・ベンダーがハードから独立して事業展開する機会が失われています。ハードベンダーの下請けとして、その営業力・資金力・製品技術力の傘の下から脱却できない状況です。元請との取引関係を考えれば、顧客企業との直接取引には積極的になれません。顧客よりも元請との安定したビジネスの方が重要なのです。ソフト開発の効率化や競争原理が機能しない原因です。重層的下請け制度によってコストを薄めても、大手ベンダーのサービス事業は採算割れです。営業利益率が5%以下(2001年は1%以下)なのですから、間接費すら補充できません。サービス・ビジネスを独立した事業として運営してこなかったツケがベンダーにも顧客企業にも回ってきたと言うことでしょう。

  D  大手ハードベンダーのサービス産業化は遅れている。

ここ二、三年、大手ハードベンダーがサービス・ビジネスの強化・拡大を標榜しています。本社部門や製造部門の従業員を再教育してSEに配置転換し、プロジェクト管理能力を強化しようとしています。しかしながら、成功した事例は稀です。従業員の働き方や価値観を変えるのは至難です。加えて、転換SEが即座に高額な対価を求める事などできる筈がありません。ソフト開発は肉体労働とは異なり、頭数よりも技能・知識・経験・資質が重要です。これらの技能を組織的に蓄積するには、体系化された教育により用語や作業手順を統一しつつ、実践で技能を身に付けるしかありません。多くのITベンダーには、社員教育を投資と考えず、単なるコストとしか考えない風潮が見られます。資格を取らせて、販売価格に上乗せする程度の発想しかないのかもしれません。資格研修で技能があがることは稀です。資格を取っているほど時間に余裕のある技術者は、実践不足でしょう。技能や資質が不十分な要員がいては、戦力ゼロどころかマイナス要素です。品質を落とし、場合によっては工程に致命的な穴を開けます。それを補う為に、優秀な技術者の時間が奪われるので、プロジェクト・リスクを増大させます。ところが、日系のITベンダーは、そのプロジェクト・リスクをコストにも価格にも反映できていません。シェア第一、売上第一の営業姿勢の咎が出ています。

準大手以下のソフト・ベンダーにおいてはコスト見積りすら、まともに出来ない会社があります。元請から提示された人月工数に自社単価(人件費+数%)を掛けているだけです。元請はその工数の根拠すら抑えていないことがあるのですから、究極のドンブリ勘定です。単にサービス・ビジネスの売上目標や要員増加数を喧伝しても、何の意味もありません。

大手金融機関の経営統合の理由としてIT投資余力の確保が言われます。しかし、それ以前の問題としてIT投資が経営的・戦略的効果をあげているのか、自社のITケイパビリテイを向上させているのかが問題です。合併時のシテム統合に、2、3年の時間と巨額の投資を行います。しかし、新しい商品やサービスが出てくる訳ではありません。顧客には何のメリットもありません。従業員には混乱をもたらすだけです。IT投資余力を確保するどころか、放棄しているというのが実態でしょう。ITを軽視した経営が、ITケイパビリテイを崩壊させています。

ITも格付けの対象

ITが格付けの対象となっています。オペレーショナルリスク、システム・リスク、プロジェクト・リスクなどが、経営力そのものとして格付けの大きな要素になっています。国内銀行であっても、BISのオペレーショナル・リスク規制から逃れることはできません。顧客はBISの国際基準・国内基準など区別しないからです。

IT投資が戦略的効果を上げられるかというリスクもあれば、投資するITプロジェクトそのものが稼動するかというリスクもあります。2千数百億円を投下して、業務改善を可能とする新しい機能を提供しないケースや、1千億円以上を費やしても稼動しないというリスクもある。コンサルタントと開発ベンダーの役割分担を明確にしないために、途中で崩壊するプロジェクトもあります。このような事例が連続しています。これらの損失は、自己資本を毀損します。当然に格付けも下がり、資金調達コストに多大な影響を与えます。格付け低下やブランド損傷という、波及的損害の方が大きいでしょう。

このように、大規模なIT投資は、その効果ばかりでなく、開発リスクが金融機関の業績に多大な影響を与えます。しかし、格付け機関やアナリストには、ITリスクを評価する知識・経験・情報がありません。風評やマスコミのニュースで判断しかねないのです。金融機関のIT担当者が説明しようとしても、銀行の情報システムを説明する難しさは想像を絶します。ITの基本と、銀行システムの体系と銀行業務を合わせて、短時間に簡易に説明しなくてはなりません。そのような人材も体制も用意できていません。

銀行界で、システム開発リスクが急速に高まっている原因を除去しなくてはなりません。でないと、経営者の不満と不安は高まるばかりで、安直な外だしが増えることになります。プロジェクト管理能力など技術論ばかりが注目されていますが、要はITガバナンスの問題だと考えられます。ITガバナンスを確立するには、事業戦略とIT戦略の適合性を明確にすることが必要です。ITバリューを共通認識させるためです。

金融市場の水平構造化に合わせたアーキテクチャ確立が重要

ITバリューを認識するためには、事業戦略からくる業務要件を整理して、それをシステム要件に定義したものを体系化することになります。概念レベルの業務要件例を紹介します。

チャネルはますます顧客側に外延化し、販売網の代理店化も進むでしょう。ネット・サービスは、BtoCからBtoBに拡大しつつあります。法人向けインターネット・バンキングも本格化しました。セキュリテイ・ポリシーを確立して経済合理性の範囲でシステム・セキュリテイを確保しなくてはなりません。

商品は一段と証券化します。売掛債権、貸出債権などが益々、証券化されます。一方、窓販や販売提携の形で商品は融合していくでしょう。401kのような職域商品も増加します。

価格にリスク・コストを反映させるために、信用リスク管理の対象は法人与信だけでなく、個人にまで進展しつつあります。このリスク・コストは、証券化の値づけにも使われます。リスク・コストを抑制するために金融工学の重要性は一段と高まるでしょう。

決済機能は、ネッテイング化とリアルタイム化が進んでいます。米国では、証券決済のT+1化が再度延期されましたが、STP化、DVP化を進めることに変わりありません。ITを駆使したネッテイングと決済信用・債権流動化のサービスは、企業取引のみでなく、個人向けにも導入されていくでしょう。

マーケティング強化と価格戦略の高度化を目指して顧客情報活用が進められています。これまでCRMと称して開発してきたシステムは、単なる目的別DBであり、機能別チャネルでした。早晩、再構築が必要になるでしょう。その時は、マルチコンタクト・チャネル化や知識ベース技術との連動が行なわれます。携帯電話を中心としたモバイルとICカードの戦略的活用が重要となります。従来の金融マーケテイングとは、全く異なる発想が求められるでしょう。

大手金融機関は資金力・営業力・ブランド力を活かして総合金融化を進めるでしょうが、地域金融機関では、OEM商品を顧客視点で販売する地域総合金融販売会社化する所が出てくるでしょう。特定商品の開発運用に特化した金融機関も出現する筈です。金融機能がアンバンドルされて業界は水平構造化しつつあります。既に、ポジショニングに成功した金融機関が、伝統的金融機関より、はるかに高い業績をあげています。

多様な商品を多様なチャネルで販売するのであれば、その組合せを単純化するアプリケーション構造が必要です。従来のコピー開発は限界です。保守しきれないからです。また、プログラム廃棄の仕組み作りが緊急の課題でしょう。少量多種の業務を、レガシー・システムで処理する必然性はありません。退職者とPC,電話、Faxがあれば、対応可能なことが多いでしょう。

ビジネスバリューからみた戦略テクノロジーの採用

以上のようなビジネス・ニーズを支える技術の革新も進んでいます。多大な影響を与える可能性のある技術は次のような技術群です。

オープン系技術:基幹系でも使用されだしたが、当面はフロント業務やサブシステムへの適用が中心となろう。本格的な利用のためには金融機関内部での技術蓄積が欠かせない。オープン系技術は、ITのアジリテイを確保するには有効であるが、一括処理能力と安定性、誤操作・障害時のトレース機能不足、保守費用の増大に対する慎重な配慮が必要である。

システム連携技術:EAI等でアプリケーションを連携する方法とWebサービス等を使ってネット経由で連携する方法がある。EAIは多くの大手金融機関が導入済みである。今後は、ネット経由システム連携の重要性が高まるだろう。アプリケーション連携のみでなくDB連携も必要となる。対象業務は限定されようが、Webサービスの本格的採用も進むと予想される。

ネットワーク・インフラ:広域LANやIPN化が進められている。システム連携や顧客チャネルに新サービスを乗せるにはネットワーク・インフラの戦略的重要性が高まる。スキャナーによる後方事務の一極集中にも、大きな合理化が期待できるが、高速ネットワーク網が前提となる。現在の複数回線を統合する回線費用削減効果も大きい。セキュリテイを重視した金融特化のVPNサービスも出現するだろう。

システム開発技法・ツール:オブジェクト技術の普及が進むと考えられる。特に、コンポネント化はネットワーク・コンピューテイングに不可欠である。アプリケーション・パッケージはこの技法とJava等の言語を組み合わせて開発されることになる。開発をレーバー・ベースからアセット・ベースに変革する契機となることが期待される。ただし、フレーム開発と称して、業務プログラムの共通部品化を標榜するベンダーもいるが、前提となるプロセス・モデルとデータ・モデルが実質標準化されていなければ、何の意味もないことに注意すべきである。

これら技術のメリットを整合性をもって獲得するためにはテクニカル・アーキテクチャーの確立が不可欠となります。その上に体系化されたプロセスとデータを搭載すれば、パッケージ・ASP・アウトソーシング・共同化を進め易くなると期待できます。

グローバル競争に勝てる開発力が必要

開発の革命的な生産性向上が不可欠でしょう。グローバルに見れば、ソフト製品は、まず英語で開発されます。それを日本語化するには、半年以上が必要です。日本企業の致命的とも言えるハンデイキャップです。それを補完するためには、開発生産性(単位当り開発工数)が海外よりも高くなくてはなりません。ところが、品質は世界トップクラスであるものの、スピードとコストに関しては悲惨な状況です。

パッケージの積極的利用とカストマイゼーション最少化が望まれます。また、人月単価で常駐方式の開発委託という悪習を改める必要があります。2年も3年も常駐させるのであれば、直接雇用した方が合理的です。

バリュープライシングを実現する金融機関側の眼力とベンダー側の技能アップが不可欠です。この課題を解決しない限り、金融機関が投資額をどんなに増やしても、IT投資効率は悪化するばかりで、グローバル競争には残れないでしょう。ユーザーとしての金融機関には、まず要件定義能力向上が望まれます。ユーザー企業のITケイパビリテイが高くなければ、ITベンダーの水準も上がりません。

IT管理体制の再構築がIT投資効率化の出発点

多くの金融機関はITの資源とプロセスを管理する仕組みが出来ていません。企画立案・開発・運用保守・ユーザー支援リスク管理・投資回収・リスク管理・システム廃棄を管理するメカニズムが必要です。その上でITガバナンスを最適化することが、IT組織戦略・IT関連会社戦略・ベンダー管理などの前提となります。数多くのIT課題に個別対応していたのでは、経営と整合性のとれたIT展開は不可能です。ITプロセス管理の仕組みで対応するべきでしょう。

ITプロセスの中で最も重要なのは運用保守でしょう。ITサービスを具現化するからです。運用効率に配慮した開発が必要であり、双方を考慮した企画が重要なのです。最近は、企画が実装チームと遊離しすぎたように思えます。

経営に望まれるITマネジメント

アプリケーションが、ますます多様化・複雑化していくことは間違いありません。世界最大規模の金融機関でも単独で全ての課題に対応することは不可能です。外部の活用が進むほど、リスクは増大し、その把握も難しくなります。取引処理もネット化が進むと、プログラムのロジカルエラーや誤ったコンテンツがそのまま顧客に届けられて半永久的に保存されます。何時、損害賠償請求の対象になるとも限りません。

データとプロセスの流れが変わることは、金融機関の文化や権限責任体制にも大きな影響を与えます。ITは、業務プロセスそのものであり、企業組織文化が具現化する道具です。30年前の電子計算機とは、全く異なるものであることを経営トップに理解させる必要があります。

                                                   以上

→ 調査レポート Backnumber